「千聖…?」
そっと小さく声をかけたが返事も反応もなく小さく息だけを繰り返している。
…どうやら眠ったらしい。
そりゃどう見ても熱が高そうで寝て当たり前だと思うが…。
くすと彰吾は自分の手を掴んだままの千聖に笑ってしまった。
いい年の男が男の手掴んで安心して寝てるなんて…。それだけ人恋しかったのだろうか?それ位自分は信用してもらっているのか?
…なぜここまで千聖が懐いてきたのか分からないが、朝も起きれば必ず彰吾を探すようにして挨拶に来るし、家にも部屋にも平気で入れる。
まぁ女の子じゃあるまいし何かって事はまずないからこっちとしても別に構わないが。
仕事中じゃないだろう?と言った千聖の言葉に思わず彰吾も千聖、と呼んでいた。見ず知らずといっていい、ただのクライアントだけのはずなのにだ。
ただの、じゃないか…なんと言っても彰吾にとって特別な思いのあるこの庭の家主だ。
でもだからといって泊り込んで面倒見ようなんて普通は思わない。
千聖からの誘いに…多分千聖だって本当に彰吾に面倒を見させようと思ったわけではなかっただろうに、彰吾は自分が家から避難していたい気持ちと庭を眺めていたいという誘惑に抗う事なくすぐに頷いていた。
…でもそれ以上に千聖が心細そうに見えた……というのもなくはない。
誰も知り合いもいない土地に一人なんて、家から出た事のない彰吾には千聖がどんな気持ちで一人でいるのか推し量れない。
やはりどこか心細いところはあるのだろう。冗談めかして言っていたが千聖の本心も入っていたと思うのは自分への言い訳なのだろうか…?
彰吾の手を掴んでいる千聖の手をじっと見た。
彰吾のごつごつとした職人の黒い大きな手とは違って白くて華奢な、まるで女の子みたいな綺麗な手だ。
顔だって田舎にはそぐわない位美人だが…この家には似合っている。
……別に顔や姿形で住むのが決まるわけじゃないが。
彰吾はそっと千聖の手を離して階下に降り、戸締りを確認し、電気を消して、もう一度二階の千聖の部屋に向かった。
………いいけど千聖の隣で寝るのか?
別に野朗同士だし気にする事はないのかもしれないが…熱で赤くした顔でうっすらと唇を開けて息苦しそうに眠っている千聖の顔ににじっと見入ってしまった。
……女だったら…。
いや、と彰吾は頭を振った。そんな事考えたって仕方のない事だ。そもそも女だったらこんな状況になっているはずはない。
そっと彰吾は千聖の頬を触った。
そういやしばらく誰かと付き合うなんて事もなかったな…。
なにしろ田舎なもので、そんな事になれば噂がまわって近所中誰でも皆に知れ渡ってしまう状態になってしまうんだ。
さすがにもういい年して誰かと付き合うなんてことになったら結婚か、とすぐに言われてしまうだろう。
そんなのは勘弁だ。
はぁ…と小さく彰吾は溜息を吐き出した。
「しょ…うご…?」
「ああ」
千聖が彰吾を確認するかの様に呼び、また手を捕まえそして小さく安心したような笑顔を仄かに見せたのにちょっと可愛い…とか思ってしまった。
自分と同い年の男に可愛いはないだろう。
…でも可愛い…。
「ん~……?」
思わず首を傾げて呻ってしまう。
まぁ、確かに綺麗で中性的な顔してるし可愛いと思っても間違っちゃないはずだ。
…けど、いいのか…?ほんとに隣に寝て?
さすがにいくら彰吾でもソファでは朝方はキツイぞ…と、彰吾は千聖の手を外して反対側に回るとそろりとベッドに入った。
野朗と…というのが少々いただけないが…仕方ない。
しかし、どうにも落ち着かない。
「…!」
千聖がうん、と呻りながらくるりと彰吾の方に顔を向けてきた。
起きてるのか?と思ったがすうすうと寝息を漏らしているのにほっとしてしまう。
……なんでこんなに後ろめたい感じがするのだろうか?
普通だったら気色悪いと言いたい所だが、どうにもおかしな気分になってくる…。
千聖の熱でだろうか、紅く色づいている唇が誘っているように見える。
いや、男だというのに…。
欲求不満が相当溜まっているのか?
すうすうと、だが少し息苦しそうな息を吐き出す唇に彰吾はそっと手を伸ばし触れると、その指を千聖の唇が物欲しそうにやんわりと咥えてきたのにどくりと欲が浮かんだ。
いや!そうじゃないだろう!
慌てて手を離し、千聖を見ないようにして背を向け、彰吾は千聖の枕元にあったリモコンで電気を消した。
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