気を悪くしたのだろうか?
彰吾のパーカーをだぼだぼにして着てる千聖が可愛くて…なんか女の子扱いになっているような気がしたけど…。
「う、わっ」
また足を滑らせる千聖に慌てて腕を伸ばす。
「……腕掴んどいて下さい。危ない。転んだら泥だらけになってしまう」
「…………ん」
千聖も諦めたのか彰吾の腕にぎゅっと掴まってきた。
ちょ……っと……!…マズイ気が…。
恥かしそうにしながらだぼだぼの袖から指の先だけ出して、背に腹は変えられないとでも思ったのか千聖が素直に彰吾の腕にくっ付いてきたのが…それが可愛くて照れそうになった。
いや、おかしいだろ…。
彰吾が複雑な心境のまま滝に近づけばぱあっと千聖が顔を晴れやかにした。
「すっげ!でも水飛沫でさみぃ」
轟音とともに風が吹くと水飛沫が飛んでくる。彰吾は千聖の頭にパーカーのフードを被せた。
「風邪ひいてしまいますね。…もっと暑い季節にくると気持ちいいんですけど」
「夏とか!いいな!」
いたずらっ子のように、そしてちょっと興奮したような千聖の表情がやっぱり可愛いな、と思ってしまう。
「…ちょっと離れましょう。足場もよくないし」
「もっと見ていたいけど…滝をこんな近くで見たの初めてだ」
それほど大きいというほどの滝でもないが、千聖は気に入ってくれたらしい。彰吾にとっては珍しいものでもなかったが千聖は物珍しいのかきょろきょろとしている。
「紅葉とかも…綺麗だ…空気も…」
小さく囁くように言った千聖の表情は俯いていてパーカーのフードの陰になって見えなかったがどうやら気を悪くしているわけでもないらしいのに安心する。
「やっぱりさ…ネットで作った世界と自然とじゃ自然に勝てるはずないと思うんだ…」
ゆっくりと歩きながら千聖がそんな事を言い出した。
「ほら、俺は毎日パソコンで色々作ったりしてるけど…どうしたってこうして目にしたものとじゃね…壮大さとか空気感とか…」
「ああ…分かります。今回の千聖の庭も最初に画像で作って出しましたけど何となく実際目にして変えたりとかもありますから」
「そうだろう?ネット上だけの世界と違うからな」
そのネット上の世界を仕事にしている人がこんな事を言うなんて。
思わずくすりと笑ってしまう。
「こっち来てから…夜の月の光りとか、自然の色とか、夕日の色の移り具合とか…とても感じるようになった」
「…それはよかった」
「ああ」
千聖が水飛沫が飛んで来ないところまで歩いてくるとフードを脱いで顔を露わに満足そうに頷いた。それにまたどきりとしてしまう。
「ここも…とても綺麗だ」
そう言うあなたの方が綺麗に見える、…とは彰吾は言えなかった。
なんかやけにキラキラしく千聖が見える…気がする。
ゆっくりと山道を歩いた。もう足場が濡れているのでもないので千聖の手は彰吾から離れていたのだが少し複雑な気がするのはどうしてなのか。
「こんな休みの日の過ごし方ってはじめてかも」
「はじめて?…今までどんな過ごし方してたんです?」
「ん~…まぁ、俺の仕事だと休みとかがあるわけじゃないし…いつでもパソコンの中には仕事が詰まっているしな…。息抜きだって遊びに行くのでも飲みに行ったりとかだったから…」
楽しそうに足元を見ながら千聖が歩いている。
「葉っぱの色も一枚一枚違う…カメラ持ってくればよかったな…」
「……また来ればいい。冬の雪が積もった景色も銀世界で綺麗ですよ?春は桜で山がピンク色になりますしね」
「………いいね…」
千聖が満面の笑みを浮べた。
「うん……。いい。…彰吾、連れて来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
あんな立派な家で庭にもぽんとお金をかけられて家政婦も雇っているような人がこんな事で喜んでくれているのも嬉しい…素直に喜んでもらえて連れてきてよかったと彰吾も笑みを浮べた。
「…千聖はいつか東京に戻りますか?」
「え?」
ふとこんな田舎にこの人は本当に満足なのだろうかと疑問が浮かんだ。きっと東京であってもこんなに魅力的な人ならばきっと何でも充実していたはず。それをわざわざこんな田舎で…。
「仕事の関係で行く事はあるかもしれないけど戻る気はないよ。もう住む所はあそこだけだ」
千聖の言葉に彰吾もふっと笑みを零した。なんでだろう?なんてことない千聖との時間が彰吾も楽しいと思える。まだ会って日も浅いのに千聖の存在が大きくなっている気がする。
きっと初めての気兼ねしなくていい友人だからだ…。
きっと…。
自分の中の揺れる気持ちに彰吾は気付かないふりをした。
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