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雪に酔って 9

 千聖はうろうろと落ち着かない気持ちで二階のパソコン室の窓から何度も外を眺めていた。
 田舎のここは滅多に車も通らなくて、車のヘッドライトが見えるたびに窓に齧りつき、そして車が通り過ぎる度にがっかりとする。
 もう彰吾が家に帰ってから何時間も経っていた。

 ……来ないのか…?やっぱり嫌になった…?引き止められた…?
 マイナスの方の事ばかり考えていたら車が駐車場に入ってきた。
 彰吾だ!
 慌てて千聖は階段を駆け下り、玄関のドアを開けるとゆっくりと彰吾が暗い中を歩いてきて、手には荷物を持っていた。
 「千聖…」

 「……お、かえり…」
 …と言っていいのか?
 どうぞ、じゃなくておかえりと言った千聖の言葉に彰吾が大きく目を見開くと荷物を手から離し、千聖を抱きしめてきた。
 「しょう…ご…?」
 どうかしたのか…?
 「ただいま…でいい?」
 「…………ん」
 ぎゅっと彰吾がさらに力をこめて抱きしめてくる。

 「……………捨てられてきたんです…。あなたが拾ってくれますか?」
 捨てられてきた?何を…?彰吾を、か…?
 「…俺でいいなら」
 いくらでも!
 くすっと彰吾が笑いを漏らして千聖を離した。
 「捨てられた、とは厳密には違うんですけど……でも気分的にはそんな感じだったので…すみません」

 「…謝る事ないけど…入って。飯、まだだろう?食べながら話そう…。酒も少し飲むか?」
 「…少しね」
 彰吾がくすりと安心したように笑った。
 拾うって?彰吾を?当然だ!千聖でいいなら!
 ダイニングも広くて、テーブルセットも祖母のそのままの物を使っていた。ハウスクリーニングして、あとは家政婦に来てくれるおばちゃんがまめに掃除してくれるので今は見違えるように綺麗になっている。食器類はなかったので適当に千聖が買い揃えた物だ。

 いつも彰吾が来る時はリビングでつまみながら酒、みたいな感じだったけど、今日はダイニングに食事を並べ落ち着いた食事だ。
 「…すみません…俺まで」
 テーブルの向いに彰吾が座って頭を下げるのに千聖は首を振った。
 「別にいい。別料金が発生してるわけじゃないし」
 「でも取り決めしましょう…?家賃とか食費とか光熱費とか…」
 「それも別にいい。………契約とチャラで」

 ここにいる間彰吾が相手してくれるなら…そんな物いらない…。
 「そんなわけにはいきませんよ!…ああ…でもちょっと俺の収入が…どうなるか…」
 「ん?」
 「………色々……聞いてもらってもいい…ですか…?」
 「勿論」
 彰吾が苦笑しながら千聖に告げるのに千聖は即座に頷く。
 「すみません…あなたに…話すのはお門違いですけど…」
 「そんな事はない…」

 彰吾の事だったら何でも知りたいし力になってやりたい。
 …なんて事彰吾にはとても言えないが。どうして?と聞かれたら好きだから、としか答えようがない。何もなかったときならば友達だろう、と言えたかもしれないが、抱かれて彰吾を知った今はそんな白々しい事を言いたくもなかった。千聖は欲しいんだ、彰吾を。全部…。
 ずっと意気消沈しているような彰吾を促すように視線を向けると彰吾は小さく頷いて口を開く。

 「本当の親子じゃない、と言いましたよね…?でも俺はお父さんをずっと追いかけてきました。造園業も好きなんです。……ここの庭に小さい頃一度だけ入れてもらったことがあります。まるで別世界のようだった…。それがきっかけで西洋式庭園の勉強もしてました」

 「…じゃあ彰吾の所に頼んだのは正解だったんだな。ここら辺じゃ日本庭園ばかりだろう?」
 「…そうです。まぁ、俺のも独学ですけど。講座とかは受けに行った事もありますが。横文字の資格の色々も…それの所為で取れそうな物は取ってますけど…いつかはここの庭を…と思ってました。まさかこんなに早くチャンスが来るとは思ってもいませんでしたが…」

 静かに滔滔と話す彰吾の声に耳をじっと傾ける。

 「それでも自分は血の繋がりもない俺を育ててくれた今の両親に少しでも恩返しがしたかったし…造園の…今の仕事が好きでした。正直…エリカの、妹の事さえなければずっとこのままだったかと思う…でも家を出ると言って…お父さんはエリカの事にも気付いてて…謝られました…。そして…俺がしたい事をしろと…」

 ああ…見捨てられたというのはそういう事か…。
 「………かっこいいお父さんだな…」
 「……………はい」
 彰吾が泣き出しそうな顔で頷いた。
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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