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花に酔って 3

 新幹線であっという間に東京に着いてしまう。
 ……もう戻ってこないつもりだったのに…。いや戻ってきたわけじゃない。千聖の帰る場所はもうあの洋館なのだ。そして傍にはいつでも彰吾がいてくれるはず。
 「…アポは二時だからまだ時間あるな。どこかで飯でも食おうか」
 「そうですね」

 ああ…息苦しいな、と思う。ビルばかりで空が狭い。空気も澄んでいない。
 …そんな事を思うようになるなんて千聖は自分がおかしかった。
 さんざん夜の街を遊びまわり、快楽に身を委ねて好き勝手な事をしてきたのに今は彰吾一人でいいし、静かな家で庭見て…なんてどこの隠遁者だろう?

 でも本当にそう思うし、それで充実していると思えた。なんでもあるこの街ではいつも飢えた感じで寂寥感ばかりが包んでいたようだったのに今はそれがない。
 つっと隣を歩く彰吾を見上げた。
 「…どうしました?」
 「いや…なんでもない」

 千聖に満足感を与えてくれるのも安らぎを与えてくれるのも彰吾だけだ。そのくせハラハラドキドキも…。
 いつものラフな格好ではなくぱりっとスーツを着こなしている彰吾はカッコイイと思ってしまう。普通スーツを着慣れないと着られている感がするのに彰吾にはそれが見えなかった。
 それとも欲目なのだろうか…?いや、絶対そうじゃない。だってほら、すれ違う女の子が彰吾の事を見てる。
 ……やっぱやだな、と千聖は少し面白くない。家にいれば彰吾は千聖だけしか見ていないのに。

 「千聖?聞いてた?」
 「え?」
 彰吾が千聖の顔を覗きこんできて目の前に彰吾の顔がアップになってびくんと千聖は驚いた。
 「あちら様にはどれ位で着くんです?」
 「あ、ああ…すぐだよ」
 「……何か考え事?」
 「……………別に」

 言えるか!どうしようもない嫉妬だなんて。
 ふいと彰吾から視線を外して千聖は顔を俯けた。
 どうも自分の中がもやもやしている。まるでここの空気に汚染されたかのようにどろどろした気持ちばかりが千聖の中を渦巻いている。
 「……………………帰りたい……」
 千聖か顔を俯かせたままサングラスに手をかけ、小さく呟いた。

 「っ!…しょう…ご…!?」
 彰吾にも聞こえない位の小さい声だったはずなのに彰吾が千聖の頭を抱き寄せた。
 「やっぱり終わったらすぐ帰りましょう」
 「彰吾!いや!いいんだ…本当に…大丈夫だ」
 「…………こんなに…千聖が……。すみません…俺が泊まりましょうなんて言ったから…いいです。終わったら帰りましょう」
 「いいんだ!本当に…かえってホテルで彰吾と二人になれるほうが…いいかもしれない」

 「…本当に?」
 「ああ…その代わり…抱きついて離れないぞ…」
 「そんなの勿論いいですけど。…無理してない?本当に?」
 「…彰吾がいてくれるなら大丈夫だ」
 千聖は大丈夫だ、と彰吾から離れるとサングラスを外し、胸ポケットに挿すと顔を上げた。何を彰吾に甘えてぐだぐだとしているのか!これから彰吾の仕事の話なのに!

 「彰吾、俺の事はいいから…。いいか、そのままの彰吾だったら多分大丈夫だとは思うが…自分を絶対安く売るな」
 彰吾がこくりと頷く。
 「…ちょっと社長にクセはあるけど彰吾なら大丈夫だ」

 ああ、…今から会う社長もタチでよかった、と千聖はそこも安心してしまう。もうどこもかしこも気になって仕方ない。彰吾を信用してないんじゃないけど…どうにも自分が馬鹿みたいに気にしすぎているんだ。
 今までこんなに誰かを気にした事ないと思っていたが、こっちに来てから空気が悪くなったように自分の中もドス黒く染まっていってるように感じてしまう。あっちで折角浄化されていた自分の中がこんなにも汚れきって汚らしいものなんだと言われているように感じてしまうんだ。

 実際千聖は汚れきっているんだ。それなのにここから逃げ、綺麗な所で自分も綺麗なふりをしていただけだ。夢の様な世界だったのにこっちに戻って来た途端現実を見せ付けられるようだ。
 キモチワルイ…。
 のうのうと彰吾の傍にのさばっている自分に顔を歪めた。

 「…千聖?」
 「……なんでもない。行くぞ」
 「……はい」
 彰吾の背中をぽんと叩くと彰吾が意気込んだ顔で頷いたのに千聖も笑みを零した。とにかく今は彰吾の事を考えればいいんだ。自分の事じゃなくて彰吾の事を、だ。

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