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花に酔って 5

 やっと用事は終了だ。
 本当はやっぱりそのまま帰りたい所だが…。
 「このままホテルでいいのか?」
 「………え?」
 彰吾を見上げて確認すれば彰吾が難しい顔で考え込んでいて、千聖の声にはっとした様子だった。 

 「あ…千聖はその方が…?」
 「…うん…。なるべく外には出たくないな…夜も出かけないでホテルのレストランかルームサービスがいい…」
 「そうしましょう」
 彰吾が予約したホテルはビジネスホテルじゃなくて駅隣接のそれなりなホテルだった。彰吾が千聖の分も払うと言って聞かなくて奮発したらしいのに自分との時間を大切に考えてくれていると分かるのは少々くすぐったい。

 本当は彰吾は別のホテルを頼もうとしていたのだが千聖がそこは嫌だ、と駄々をこね、今から向かうホテルにしてもらったのだが…、彰吾が千聖にここでいいですか?と確認してくれた最初に提示してきたホテルには冷や汗が流れた。嫌だ、といって今から行くホテルに変えて貰ったんだけど…。

 彰吾に自分の事を話そうか、と思いつつもやはり踏ん切りがつかない。
 それでなくとも過去に男と遊んでいた事は分かられているのに…。
 千聖も考え込み、彰吾も何かを考え込んでいて二人は無言のまま電車に乗ってホテルへと移動した。
 名前も彰吾の名前で予約しているからどこも問題はないはず。
 千聖は電車から降り改札を抜けたところでまたサングラスを取り出しかけた。

 「…なんか千聖がサングラスかけると芸能人みたいですね。綺麗なので目立ちます」
 「目立つ?」
 「ええ」
 千聖は頭を押さえた。面が割れないように、と思ったのに…。
 仕方なくサングラスを外し胸に戻す。伊達眼鏡にでもした方がよかったか…。
 「ん?外すんですか?」
 「…目立ちたくないんだ」

 くす、と彰吾が笑った。
 「無理ですよ。サングラスかけてたってかけてなくたって千聖は目立ちます」
 「…………最悪だ」
 「………目立たないと思ってたんですか?」
 「……………」
 彰吾に呆れたように言われてしまった。
 「……俺はロビーの端のほうにでもいる」
 「それでも…華がありますから人の視線は千聖に向きますよ」

 はぁ、と千聖は溜息を吐き出して彰吾を上目遣いで見た。
 自分は散々今まで色々な人に声をかけられてきた位だったしいくらか自覚はあったけど…おまけに一緒にいる彰吾だって背は高いしかっこいいから人目を惹くんだ…。とにかく自分は小さくなって影にいる事にしようと、諦める事にする。

 それなのに…。

 ホテルに着いて彰吾とロビーに連れ立って入ったら人の目がちらちらと向いて来た。
 まぁ、でも早く部屋に入れば大丈夫だろうとフロントの受付を彰吾に任せ千聖は柱の影にでも隠れようとした時だった。

 「千聖さん…?」
 フロントから一人の壮年の男性が飛び出してきて千聖と彰吾の方にやって来た。
 「……嘘だろ…なんで!?」
 ここは系列じゃなかったはず!
 「千聖?知り合い?」

 「ここに森脇がいるって事は…」
 千聖は眉間に深く皺を刻んだ。
 「森脇、…いるのか?」
 「……おります」
 千聖はフロントから出て来た初老の男に声をかけると彰吾はきょとんとして千聖と千聖が森脇と呼んだ男性を見比べていた。

 「森脇~!………あら…?」
 いやなキンキン声が聞こえて来て千聖の顔がますます歪んで渋面を作った。
 「千聖…?」
 彰吾の影に千聖は身を隠そうとしたが遅かった。
 「もしかして千聖?」
 千聖は顔に思い切り顰め面を浮べた。
 最悪だ!走ってここから逃げ出したい!

 「千聖さん、部屋にご案内させます。美紀さんは…」
 「森脇?どうしてそんなに慌てるの?千聖は私の弟よ?」
 肉食獣が獲物を狙っているかのような鋭い視線で姉の美紀は千聖を見てふんと鼻で笑った。
 そしてそれを聞いた彰吾は驚いたように目を瞠って千聖を見た。
 …無理もない。全然姉とは似ていないのだ。 

 「君!お客様を部屋に!」
 森脇が素早くスタッフを呼んで耳打ちする。
 「さすがにロビーで話も出来ないでしょうからあとでお部屋にお邪魔するわ」
 姉がまたふんと鼻を鳴らし、千聖は無表情に姉を見下した。
 「………どなたと間違っているのか分かりませんけど…。遠慮しておきます。…彰吾」
 くい、と千聖は彰吾の袖を引っ張っていくぞ、とホテルのスタッフの後ろについていった。

 千聖の顔が強張る。咄嗟にしらばっくれたけど、誤魔化せるはずなどないのは分かっている。
 なんでよりによってここにいるんだ!?
 「おい。ここのホテルはいつ長澤の系列になったんだ?」
 エレベーターに乗って案内の従業員に詰め寄るように聞いた。
 「え…あ、あ、あの…一月ほど前です、けど…」
 嘘だろ、とはぁ~…と千聖は大きく溜息を吐き出した。

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