はのんのBL部屋

　千聖を計るようにちろりと眺めた妹がはっとした顔をして千聖のある一点を見、そして思い切り顔を顰めた。
　なんだ？と思って視線の先を確かめれば千聖の首筋だ。
　…ああ、昨夜彰吾につけられたキスマークが残っている…。
　くすと千聖は冷笑を浮べる。

　まだ色濃いそれはつけられたばかりだと見えるだろう。
そうとも、昨日帰ってきてから彰吾につけてもらったものだ。
　彰吾に愛された証だ。
　千聖の中に優越感が増したがまさかそれを前面に出すのは…と抑えることにはするが、どうしても女に対しての嫌悪感は出てしまいそうになる。

　妹はどう出るのか。そして自分はどう出たらいいのか。
　本当ならば彰吾につけてもらったものだと言ってしまいたい。彰吾は自分のものだと。
　「…彰兄を返して」
　妹が声を震わせながら囁いた。
　「なに！？それっ！…く、首…のっ！」
　そっちから仕掛けられたら応えるしかないだろう。

　「キスマーク」
　千聖はつっと指で彰吾につけられた箇所を手でなぞりながら答えた。
　わなわなと妹が震えている。
　「もしかして……もしかして…って…思った…けど…」
　…どうして女というものはこう勘が鋭いんだろう？そしてどうしてこう喚きたてるのだろう？

　「…なんの事？」
　「彰兄を返してよ！彰兄は普通なんだから！」
　「……普通？普通って何？ああ…ノーマルってこと？…それでいったら確かに俺は普通じゃないな」
　「あなたみたいに…東京からふらっと来た人が…っ！本気でもないのに！取らないで！」
　「本気じゃない？…誰が？」
　知りもしないくせに何を言う！そう怒鳴ってやりたい所だがそこも我慢。なにしろ彰吾は女としての妹には困っているがただの妹だったならば絶対可愛がってるはずだ。

　「俺は本気だけど？…それに、取らないで？どうして？彰吾がここにいるのは彰吾の意思だ」
　「ち、がう…！そんなの！」
　「…どう思われようと俺は構わないけど」
　ヒステリックになっている女には何を言っても無駄だ。もうそれは身にしみて分かっている事。それでも彰吾を離す気など絶対ない。
　「私の彰兄を返して！」

　「………私の？……家族の元へなら返してもいい。彰吾は家族を愛している。妹ならな…。でも女の君は愛しちゃない」
　「…っ！」
　目に涙を一杯溜めてそして妹が手を上げた。

　パン！
　
　「っ！」
　千聖に向かって手を振り下ろし、渇いた音が千聖の頬を鳴らした。ぴりっとした痛みが口端を走る。こんな平手打ち一つで彰吾がもらえるなら全然平気だ。
　黙ってそれを受け止めた千聖に妹は涙を溜めた目を見開いてじっと凝視していた。

　どれ位の時間そうしていたのか。
　「千聖！…エリカ！？……あ！千聖！」
　彰吾の声だ。
　玄関先に妹の姿を見つけ、車から走ってきたらしい彰吾が千聖の前に立つと千聖の顎に手をかけそして千聖の切れた少し血が出ていたのか口端をそっと指で拭った。

　「……エリカですね」
　「…なんでもない事だ」
　「千聖…頬も…」
　赤くなっていたのだろう…そっと彰吾が妹の前だというのに千聖の頬を優しく撫でた。
　「なんでもない」
　「エリカ…」
　彰吾が千聖を庇うように千聖の肩を抱きそして妹を睨むと妹は顔を俯けた。

　「どうして…そんな人…」
　「そんな人じゃない」
　「そんな人だよ！彰兄が…男の人となんてっ！…目覚ましてよ！騙されてんだよ！」
　「エリカ！やめなさい！」
　ぐっと彰吾の千聖の肩を抱く手に力が籠もった。千聖はこれだけでも嬉しく思ってしまう。妹じゃなくて妹から千聖を守ってくれているんだ。
　「だって！」

　「彰吾…いい」
　「よくないです！エリカ…それ以上この人に暴言吐くなら出ていけ」
　「出て行けじゃなくて彰兄が帰ろうよ！…汚らわしい…」
　「エリカ！俺は帰らない。この人の傍にいる。俺は別にお前の祝福も何もいらない。勘違いするな。この人が選んだんだじゃない。俺が選んだんだ。今すぐ出て行け！」

　彰吾のドスの利いた声に妹がぶわっと泣き出しそして走って逃げていった。
　「…………妹泣かした」
　「…あなたを泣かせた罰です。それに今のは妹じゃない」
　ああ、彰吾も分かっているんだ。今のは女だった。
　「千聖」
　彰吾がドアを閉め千聖の切れた口端をぺろりと舐めた。
　「つっ」

　「ああ…すみません…痛い？」
　「全然平気だ」
　彰吾がいてくれるならこんな事…。
　「もっと…舐めて」
　ん、と千聖が顔を上げると彰吾がそっと傷を舐める。
　「別に俺は泣いてないけど？」
　「泣いてます…。心でね…」
　そっと彰吾が抱き寄せてくれた胸に千聖は顔を埋めた。
　
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坂崎若様宅で「月よ星よ」続きupしてます～
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