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花に酔って 19

 久しぶりに女を思い出して千聖の気分が滅入っていた。フラッシュバックを起こして昔の事まで思い出し夢まで見て夜中にはっと目を覚ますのも何度も。
 でもその度に彰吾の腕がいつも千聖を優しく包んでいた。
 「すみません…」 
 「彰吾が謝る事じゃない。それに妹さんが悪いんじゃなくてうちの姉達が俺に植え付けた事だから…」

 汚らわしい…と蔑んだ目が姉と同じだった。
 でも今はこうして彰吾がいてくれる。すり、と甘えるように彰吾に身体を寄せれば彰吾が必ず千聖を抱きしめてくれた。
 それに安堵し昔は思い出すと不眠になったものだが、今は安心して眠る事が出来た。

 今まで何があっても自分は一人なんだと思っていた。小さい頃からずっと…。泣いて叫ぼうが熱出して寝込もうが誰も傍で抱きしめてくれる人なんていなかった。姉達は笑い、母親は金で解決。たった一度ここに逃げて来た時ここで老後の生活をしていた祖母はごめんねと言って千聖を抱きしめてくれた。それもたった一度だけだった。そのすぐ後病に倒れ、半身不随になり入院生活。もしかしたら祖母がいたら違ったのかもしれない。結局誰も千聖の傍になどいてくれないものなのだ、と諦めたんだ。

 …ここを誰も要らないと、売る話になった時に自分がもらうと言ったのは祖母のあのたった一度の抱擁があったからだろうか…?でもそれでこうして彰吾が手に入ったんだ…。どうしたってもう離せない。きっと彰吾以外誰も千聖を優しく抱きしめてくれる人なんていないんだ。
 「彰吾…」
 潤んできた目を彰吾に悟られないようにして彰吾に抱きついた。

 「どうしました?…隣にいますよ…ずっとね」
 「…………ん…」
 こんなに強く想ってしまうから彰吾のほんのちょっとの事も気になってしまう。でも彰吾はそれにいやな顔一つもしないでそして千聖を守ってくれようとする。全部…。裸でうろうろしてれば風邪ひく!と怒られ、上着も着ないで外出ればおいかけて上着を着せてくれ、千聖の姉の前でも彰吾の妹の前でも千聖を庇うように、大丈夫と安心させるように身体に触れてくれる。

 彰吾は考えてやっている事じゃないのに、千聖が頼んでいるのでもないのに、いつも嬉しい事をしてくれる。
 本当はもっともっと自分の中を曝け出したい。でも自分の中に溜め込むのが普通になっている千聖はそれを出す事が難しい。でも彰吾が時折無理に質問を重ねて聞き出してくれ、千聖の中の鬱屈を浄化してくれる。それも彰吾は分かってやっているのか分かっていないのか。

 千聖の過去を知っても変わらず。むしろ彰吾の前にいる千聖を本当の千聖だと言ってくれるような人だ。
 「千聖…ありがとう」
 「何が?」
 「エリカに…口で言うの…我慢してくれたでしょ?」
 「…………」

 我慢というか…もっと辛辣に言い返す事もできたが、やっぱり彰吾の家族だから…。自分の姉だったら頬を差し出すなんてこともするはずない。女としての目で彰吾を見る部分には嫉妬を覚えたが、彰吾を返して、という言葉の中には兄としての彰吾も含まれていたはず。
 「…彰吾の…家族…だから…」

 「うん…ありがとう…。千聖のそういう所好きです。千聖はいつも何も言わないけど…今はエリカああですけど…きっと好きな男が出来て妹に戻るはず」
 「……ん」
 そうだといい…。彰吾だってその方がきっと…。



 やっと千聖が落ち着いて夜も眠られるようになった頃、珍しくインターホンがまた鳴って出てみればまた彰吾の妹が立っていた。
 彰吾も二階にいたけれど呼んでやる気はさらさらない。
 「何?」
 少しつっけんどんに言えば彰吾の妹はがばっと頭を下げた。
 「この間はごめんなさい…」
 「…………」

 「明日…大学の方の下宿先に行くんです…。こっちには長い休みの時しか戻ってこなくなるから…だから…謝ってから…と思って…。失礼な事言ってすみませんでした…」
 頭を下げたままの彰吾の妹に千聖ははぁ、と溜息を吐き出し頭を抱えた。
 「いいよ。気にしてない。…彰吾呼ぶ?」
 妹は首を横に振った。

 「いいです…。まだ…妹に戻れないから…」
 項垂れて小さくなっている妹が少々気の毒になった。そしてこの潔さにああ、やっぱり彰吾の家族なんだ、と思ってしまったらもう無碍にする事なんて出来ない。
 千聖に嫉妬する気持ちも分かる…。自分だって妹に嫉妬むき出しだったのだから。
 でももし自分だったらこんな風に謝りになんか絶対来ないはず。
 千聖は潔い妹に手を伸ばすとよしよしと千聖よりも低い位置にある頭を撫でた。

 「………ごめんね…彰吾、返せないんだ…」
 ぱっと妹が顔を上げると千聖を見た。そこにこの間みたいな蔑んだ色はなかった。そして彰吾の妹は小さく首を振った。
 「…嫉妬だったんです…。彰兄があなたの事大事そうにしてるから…。ごめんなさい!」
 もう一度がばっと頭を下げたと思ったらそのまま走って逃げて行ってしまった。


 「誰だったんです?」
 千聖は二階のPC部屋に戻ると彰吾がPCに向かったまま聞いて来た。
 「彰吾の妹。…もう帰った」
 「………何しに?」
 ぱっと彰吾が心配そうな目を千聖に向けた。

 「やっぱり彰吾の…妹だ…」
 くっと千聖は笑った。
 「真っ直ぐで…」
 謝られるなんて…。
 「でしょ?」
 彰吾は何も聞かなかったけど薄く笑みを浮べると満足そうに頷いた。
 
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62pだと思ってたら61pでした^^;
お昼の分で終了になります。あとがきの代わりに
おまけページありますので2ページupになります^^

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