結局もう一度出されてしまった。それもちゃんと汚れないように宗が手で受けて…。
自分だけがよがって、喘いで、それなのに宗はいいという。
なんで…?
パンを焼いて、目玉焼きを焼きながら顔を俯けてしまう。
コーヒーは前に賞味期限切れが近いからとコンビニで安くしてもらった簡易フィルターのが丁度2個あった。
お湯を沸かしてカップに注ぐ。カップもちぐはぐ。
どれも宗に合わない。
ぐっと熱い思いが湧いてきて目が潤んできた。
「ぅ……」
ぼたぼたと涙が零れてくる。
宗には見えないように背を向けたけど、狭い部屋で宗はすぐに瑞希が肩を揺らしているのに気付いた。
「…瑞希?…どうした?」
「な、んでもない…」
「なんでもなくないだろう」
宗がかなり困った声をしていた。
「……俺がしたのが、嫌だったの、か?」
違う。
瑞希は首を振った。
「宗…俺、買った……のに…もう、いらない…?」
「は?」
「だって…宗…しない…俺、するって、でもいい…って…。それにカップも合わない…」
「ああ~~…??すまん…意味分かるように説明してくれ…」
宗が瑞希の顔を覗きこんだ。
「買ったって言ったってまだ支払いも済んでないだろ。もう少し待て。……しないのはお前の中に入れたいからで、まだ入れないのはお前がバイトに行くのにひどいだろうと思ってだ。立ち仕事なんて出来なくなるだろうが。でカップってなんだ?」
宗が瑞希が入れてたコーヒーを見た。
「このカップ?これが何か?」
「合わない」
「合わない?」
「宗に合わない…」
「………意味わかんねぇな…。カップが合わないってなんだ?」
「…なんでもない…」
宗には昨日行った高級なレストランみたいな所が合っていてこんなぼろいアパートなんて不似合いだ。
こんな景品のどこで貰ったか分からないカップに目玉焼きなんて…。
「全部合わない」
「だから何が?」
「宗に合わない…」
「俺に合わないって?コーヒーが?」
「違うっ!……ううん、こんなコーヒーだって…合わないけど…」
「………ああ、なるほど、分かった…。…ばかだな」
宗がくすっと笑った。
「なに気にしてんだか…」
宗が瑞希の身体を抱き寄せた。
「まるで小さい駄々っ子の様だな」
なんでそうなる?
「俺からしたら誰かに用意して貰った方が嬉しいけど?いつでもテイクアウト。ただ食うだけ。味なんてどれも同じにしか感じないから」
「……家、お母さん、用意してくれないの?」
「母親?ほとんどいないな。いたって顔も合わせない」
え?
瑞希は宗を凝視した。
「金だけはあるから、全部金で解決だ。そういえば昔……何回か兄貴が飯作ってくれた事はあったな…」
お兄さん、いるんだ…。
「異母兄で年離れてるからまだ俺が小さいうちに家出て行ったけどな」
自嘲を浮べながら宗が言った。
「お父さん、は…?」
「それも帰ってこない。仕事仕事だ。ああ、でも最近はいくらか話はするようになった。………特殊な話題に偏っているが」
「?」
瑞希は意味が分からなくて首を傾げた。
「ん~~~、……説明するのがちょっと難しいな…。少しずつ、な」
少しずつ…?
話してくれる、のだろうか?
でもまたちょっと宗の内側に入られた気がする。
「コーヒー冷める」
「あ、うん…」
涙はもう止まっていた。
どうしよう。瑞希は自分の事を言った方がいいのだろうか、と悩んだ。
今言って宗が離れるならばその方がいい様な気がする。
携帯を見て時間を見ればまだ余裕がある。
「あの…俺、の事…俺親も、親戚も、…誰もいなくて……俺、生まれて、公園のトイレに捨てられてたって…へその緒ついたまま」
宗が瞠目した。
それを見て瑞希は俯いた。
「苗字は施設の院長の苗字もらって、名前も院長が付けてくれた。その人も亡くなっちゃってるんだけど…」
瑞希は目玉焼きを突き、パンを齧りながら何でもないように言った。
こんな事自分から誰にも言った事はない。
それでもどこからか聞こえてきて学校でも誰もが知ってる事だった。
大学に入ってからはそれも大分鎮火したけれど、それでも知っている奴は知っている。
「それで高校から一人暮らしで、バイト、か…?」
「…そう」
「学費も?」
瑞希は頷いた。
「全部……」
一人だった。それでもアパートを借りられたのはその亡くなった院長のおかげだし、コンビニの店長もずっと瑞希を使ってくれていた。
優しい人もいる事も知っている。
大概はそうではないけれど。
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