大変だな、とか辛かっただろ、なんて上っ面だけの事を宗は言わなかった。
「それでも就職決まってるって言ったな?優秀だって事だ」
ぱっと瑞希が顔を上げた。
「優秀かは知らない…けど、そうなんだ!絶対無理だと思ってた」
「どこ?」
「二階堂商事」
「……………へぇ。大手だな」
「でしょ?俺も驚いたんだけど」
瑞希が笑った。
「…………好都合だ」
「好都合?」
「いや、こっちの話だ」
宗が鬱蒼と笑った。
「瑞希、俺に飯作ってくれる?」
「は?」
「俺は金だけはある。金は出すから食わせてくれるか?今もお前が用意してくれたものは旨いと思える」
「…こんなの作ったうちに入らないけど?」
「そうかもしれないが、実際味が分かる。何故か知らないが…」
宗が不思議そうに不揃いの皿を見ている。
その不思議そうな顔が本当の事を言っているんだということに気付く。
「昨日のカフェよりずっと旨い」
それはないと思う…。
でも宗のその言葉は嬉しい。
考えてみたら誰かにご飯を用意するというのも初めてだ。
こんなの作ったうちには入らないけれど…。
「…おいしいかどうかなんて知らないけど…」
宗がいてくれるならそれでいい。
いいけど…やっぱり宗の負担になりたくないと思ってしまう。
そりゃ、瑞希は貧乏で大変だけど、だからといって人の世話になってまで、とは思わない。
一緒に電車で出て駅で別れ、瑞希はバイトに向かう。
宗は仕事なのだろうか?
紙袋に持ってきたスーツの替えを着てた。
帰りにまた迎えに来ると宗が言って分かれたけど、そういえば昨日コンビニに来て店長に話しかけてたわけで、どういう関係?って聞かれたらすごく困る。
今日も迎えに来るというのに嬉しいけどどうしたらいいのか。
でもいざバイトにいったら店長は何も聞いてこなかったし普通にいつもと同じように仕事してた。
昨日いっぱい食材買ったから、今日は何を作ろうか…?
そんな事を考えていたらあっという間に時間は過ぎてた。
「瑞希くん、彼、来たよ」
店長がこそっと瑞希に言ってきたのに時計を見るともうすぐ7時だった。
ん?
彼!?
一瞬流したけど店長の言葉に瑞希は恐る恐る店長を見た。
どういう意味だろう…?ただ宗を指して言っただけなのか、それとも…?
恐くて聞けなかった。
でも店長はなんでもないようにしてるのできっとただ宗の事を指して言ったのだろうと小さく安堵した。
「じゃ、お疲れ様です」
店長に挨拶してバックに下がった。
宗はまた雑誌コーナーで立ち読み。
また手に荷物を持っている。
今日は昨日ほど大きくはないけれど。
「足は?」
瑞希が後ろから出ると宗も店から出てきた。
「大丈夫だ」
「宗、嫌いな食べ物は?」
「…特にない、かな」
マフラーは瑞希がしていた。宗が寒いからしとけ、と朝も瑞希の首に巻いてくれた。
そのまままっすぐ瑞希のアパートに帰る。
今日も電車の中で瑞希はずっと窓に映る宗の姿を見てた。
髪をかきあげるのもサマになっている。
周りの女の人あちらちらと見てた。
でも宗は全然気にしないで瑞希の耳元に話しかけたりしてきていたのに面映くなった。
だめだ。
もう…。
宗がいるのが普通になっている。それじゃだめなのに。
はっと瑞希は朝泣いた時に支払いも済んでいない、と宗が言った事を思い出した。
支払い…。
瑞希を買った…。
勘違いしちゃいけないんだ。
宗は瑞希を買ったつもりなんだ。
どれ位払うつもりなのか。
それでもこのままいられるならそれでいいと思ってしまう。
瑞希はきゅっと唇を噛み締めた。
それならもっと冷たくすればいいのに。
宗は電車で体勢を崩した瑞希を腕で押さえてくれた。
そしてふっと柔らかく笑うのだ。
そんな顔向けられたら勘違いしたくなるのに。
宗は瑞希が男の方を好きだというのを始めから知っていたようなのに、なんでそれで優しくするし、手を出してくるんだろう?
買ったのも…、どうして?
瑞希なんか買わなくたって宗なら何の苦労もなく女が寄ってくるはずなのに。
宗の考えが全然分からない。
でも、確認するつもりもないのだ。
だって言ってもし宗が離れていったら?
瑞希は小さく首を振った。
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