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熱吐息 adagio~ゆるやかに~8

【 宗視点 】

 電車で瑞希の後ろに立ってその後ろ頭をじっと見てた。 
 がたん、と大きく電車が揺れたのに瑞希がふらっとしたので腕で支えると仄かに頬が染まってありがと、と小さく呟いたのに口端が上がる。
 バイト先では無駄な口も開かないで事務的に仕事をこなし、綺麗なと自分でも自覚してるらしい瑞希の顔は無駄な表情を出していないのに、今宗の前では一人で色々な表情を出している。
 泣きそうな歪んだ顔を何回か見て何にそんな顔をするのかと問いたかったが問えず、今朝はついにぼろぼろと泣いて。
 それに焦燥感を覚えた。
 泣いて欲しくない、と思った。
 朝、腕の中にいる瑞希に思わず手が出て、そのまま突っ込みたくなったがバイトにいかないと生活出来ないという瑞希にそんな事は出来ず我慢した。
 金を出されるのが嫌らしい。
 それなのに買う?と自分から持ち出したのは何故なのか?
 今だって後ろから身体を抱き寄せたいと思ってしまうのに戸惑う。
 確かに綺麗な顔はしているがこれは男で、何度も確かめている。
 だが一向に瑞希に関して萎える事はなくてそれどころかいつでも掴まえておきたい衝動にかられるのだ。

 買う?と問われ、買おうと答えた。
 買ったならば自由にしていいのだろうか?
 金の用意は出来てるが…。
 それに、いつ本当の事を言えばいいのか。
 まだ高校生だ、と言ったら瑞希はどうするんだろう?
 宗は眉根を寄せた。
 自分よりも上だと思ってるところがあるからまだ甘えてくる所があるんだと思う。年下と知ったら…?
 瑞希はプライドが高いのだろう。
 レストランでも高級さにしり込みはしていたがおどおどはしていなかった。
 宗が恥かしい、とは言ったが自分がとは思っていないのだ。
 瑞希の境遇の話には驚かされたが、それでバイト、バイトなのかと納得がいった。
 出してやる、と言ってもきっと受け取らないだろう。
 買い物や食事の支払いでさえも嫌そうに顔を背けていたのだから。
 それなのに買う?と聞いてきたのはどういうことなのか?
 やっぱり分からない。

 その瑞希の就職先が親父の会社だったのに笑ってしまいそうになった。
 縁があった、という事だろうか?
 車と接触した時はしくじった、と思ったが、瑞希といるのが楽しいと思えるのに自分でも戸惑い、今ではよかったと思えるくらいだ。
 広い家でも常に一人なのに、あんな狭いボロなアパートでも瑞希がいれば全然気にならなくて。
 女にも困った事などなかったのに思わず手が出て啼かせたいと思ってしまうのはどうしてなのか?
 なにしろこれを買ったのだ。
 金を出せば手に入る。
 それなのに…。
 どこか違うと感覚が訴える。
 
 「買い物は?」
 電車を降りて歩きながら聞いてみた。瑞希は寒い~と言いながらマフラーに顔を埋めている。
 「昨日買ったからいらない」
 いくらでも出してやるのに。
 金で雁字搦めにしたら逃げないだろうか?
 きっとこれはそうだろう。
 一人で生きてきたんだろうにどこか抜けている。車で引っ掛けたやつを連れ込んで面倒みるなんて。
 今までそんな事まさかなかっただろうな…?

 「…あのアパートに誰か入れたことはあるのか?」
 「あるわけないでしょ。あんな狭いとこ」
 簡単に瑞希が答えるのに宗は口を思わず押さえた。
 「そもそも誰かといるってのが初めて…だから」
 瑞希がふいっと顔を背けながら言えばさらに宗の顔に笑みが浮かびそうになる。
 「俺の境遇、言ったでしょ?そんな奴に誰も近づいて来ないよ。宗はわからないだろうけど…クラスで何か無くなったとするでしょ。真っ先に疑われるの俺だよ?誰がそんな事するか」
 ふんっと瑞希が鼻息をもらした。
 「そんなんで誰も俺に近づくのなんていないから」
 そういえば瑞希の携帯は鳴らない。宗は音が鳴らないようにしているだけだが、瑞希はそうではないのに…。
 瑞希はずっとそんな扱いを受けてきたんだろうか?
 宗は心が苦しくなった。小さい瑞希はずっと一人でそれを通り過ぎてきたのだ。そして多分、ずっと今まで一人で全部を抱えて。
 宗は瑞希の肩を抱き寄せた。
 「そ、宗!?」
 瑞希が慌てた声を出した。
 「だ、誰かに見られたら変、に思われるって!」
 「思わねぇよ。寒いんだ。こうしてろ」
 「う、うん…」 
 瑞希はそれでも嫌と言わない。
 キスしてぇな…。
 思わず瑞希の顔を見てそう思っていた。
 
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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