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約束。 33

 天気が崩れて瑛貴くんの運転する車はもう帰り道になってしまった。

 いつでもいいなんて…。
 大粒の雨が車の屋根や窓を叩いている。
 日和の心も泣きそう…。
 やっぱり一緒にいたい。
 今日だけ、って思ったのに…瑛貴くんが優しいから…また連れて来てくれるなんて言うから…。
 それに甘えたくなってしまう。
 それに…約束も…。

 こんな小さな約束を瑛貴くんは覚えてくれていた。
 もしかしたらあの約束も…?
 どきりとして期待してしまう。
 …でももし覚えていたにしたってどうにもならない事だ。
 だって日和は成長が平均並みじゃなくて男らしいという感じじゃないといっても女の子じゃないんだからどうしたって瑛貴くんの相手になれるはずなんかないんだ。

 それに瑛貴くんにはもう大事な人が…。
 戸田が言ってた事を思い出してしまえばまた落ち込んでくる。
 「ひよ?どうした?具合でも悪いのか?」
 「え…ううん!違うよ!」
 車のシートに沈むように意気消沈した日和に瑛貴くんがすぐに気付いてくれる。

 どうしよう…?大事な人って誰?って聞いてみてもいいのかな…?
 「あの…」
 「うん?」
 一人でいつまでもぐだぐだしてても仕方ない。
 どうせ今聞いたって聞かなくたって後から分かってしまう事なんだ。それなら先に聞いていた方がショックは少ないかもしれない。

 「…戸田に…聞いたんだけど……瑛貴くんの大事な人って…誰…?」
 「なっ…!」
 「わっ!」
 「っと!!!」
 車が急にぐにゃっと曲がってセンターラインをはみ出し身体が大きく揺さぶられた。

 「あぶねぇ!!!…ひよ!」
 瑛貴くんが大きな声で名前を呼んだのにひゃっ!と日和は肩を竦めた。
 「ごめんなさい!」
 余計な事を言ってしまった!と日和は小さくなって謝ると、車は何事もなくまた真っ直ぐ道路を走っていく。

 「…いや………驚いた…戸田のヤツ、おしゃべりだな…」
 「ちがっ!…戸田は僕の事考えてくれてっ」
 「ひよの事を?」
 「あ…っ」 
 日和は口を押さえた。
 「なんでひよの事を考えて?」
 「あ、ち、ちが…あの、そう…僕が何聞いて来たの?って聞いて!戸田から聞き出したの!」

 瑛貴くんが疑わしそうな目で日和を見た。
 「嘘だな。お前の目泳いでる」
 う……。だから!もう!瑛貴くんにはどうしたってすぐに分かられちゃう!
 「……………ひよ…」
 瑛貴くんがちらっと日和に視線を向けてきた。
 「お前………もしかして…約束…覚えてるのか?」
 「っ!」

 日和の心臓がばくん!と飛び出しそうな位に大きく鳴った。
 約束って…あの約束の事だよね…?覚えてるって言っていいの…?
 どうしようと思いながら顔を俯けてこくりと息を飲み込んだ。

 「お、お…おぼえて…る…」
 瑛貴くんの顔が見られない!
 どうしたらいいの!?
 日和は顔を背け車の窓から外を見るふりをした。
 瑛貴くん、やっぱり覚えていたんだ!
 どうしよう!

 心臓がずっとばくばくと早鐘を打って顔が熱くなってくる。
 何を考えていいのか分からなくなってきてしまう。
 なんで!?瑛貴くんの大事な人っていうのを聞くだけだったのに約束の事までいっちゃうの!?
 だめ!瑛貴くんに知られちゃったら…いられなくなっちゃう!
 日和が瑛貴くんの事ずっと好きだなんて…知られちゃったら…また瑛貴くんはいなくなっちゃうかもしれない。
 やだ…。
 どうしよう…。

 頭の中がパニックを起こしてもう瑛貴くんがいなくなってしまうとしか思えなくなってくる。
 潤んできた目を必死に我慢する。
 「ひよ…?」
 肩を震わせて我慢する日和に瑛貴くんが呼びかけてくるけど答えられない。声を出したらきっと溢れてしまう。
 「…っ…く…」
 歯を食いしばって我慢する。

 「…ひよ、パーキングに入るぞ」
 瑛貴くんに背を向けるようにして身体を小さくし窓の方に身体を寄せた。
 見ないで、話かけないで…。
 それなのに瑛貴くんは車をパーキングの端の方に止め、自分のシートベルトを外すと日和の肩を掴んだ。
 「ひよ…こっち向いて」

 やだ、と頭を振った。
 すると瑛貴くんの手がぐいと日和の肩を掴んで無理に身体の向きを変えられる。
 「ひよ」
 正面から瑛貴くんの顔と視線が合ってしまった。
 「や……だ…」

 「…何が?」
 「瑛貴くん…いなく、なるの…も…う…やだ……よ…」
 ぼろぼろと今まで言えなかった事を言ってしまって涙が止め処なく零れてきた。
 「やだ……や……」
 「いなくならない…ひよ…」
 瑛貴くんが小さくそう囁くとそっと日和の体を抱き寄せてきた。いいのだろうか?と思いながら日和は瑛貴くんの服を掴み、縋って声を上げて泣いてしまった。
 

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