宗に肩を抱かれたまま部屋に帰ってきた。
いつも真っ暗だった部屋。
今だって暗い。
けれど電気をつけると横には宗がいる。
寒くて暗かった部屋が宗がいるだけでこんなに違うなんて。
今まで一人で全然平気だったのに、これから宗がいなくなったら耐えられるだろうか?
瑞希が宗から離れようとしたら、宗は瑞希の口を覆っていたマフラーを外して顔を近づけてきた。
「ぁ…」
宗が瑞希の唇に自分の唇を重ねてきた。
すぐに宗の舌が瑞希の唇をこじ開けて口腔に入ってきた。
舌を絡められて吸われて、瑞希の身体の力が抜けそうになってきて宗のコートを掴んだ。
「そ、う……」
瑞希の声が漏れると宗が唇を解放して瑞希を抱きしめた。
だからどうして…?
「宗…?」
顔は赤らんでるはずだ。
瑞希の事を言ったはずなのに宗は何も変わらない。軽蔑されるような目を向けられるのが常だったのに、宗はそんな目も向けないし、それどころか守ってくれるかのように抱きしめてくれた。
だめだよ…。
どうしよう…。
こんな事された事なんてないのに。
キスだって、なんでも初めてで全部どうしていいか分からない。
とんと宗が動揺している瑞希の頭を叩いて中に入ったのに慌てて瑞希も入った。
こんな簡単なのでいいんだろうか…?
しょうが摩り下ろしてたれとからめて焼いただけのしょうが焼きにキャベツも昨日安かったから千切りして、乾燥わかめの味噌汁作って。
鍋も小さいのしかない。だって一人じゃそれで十分だったから。
調味料が揃っててよかった、と胸を撫で下ろす。
やっぱりこんなの宗には合わない気がするけど、宗は瑞希の後ろですごいな、と言いながら覗き込んでいた。
「全然すごくなんかないけど…」
「俺は出来ない」
「……別にしなくてもいいから、でしょ」
「いや、だって兄貴は出来るぞ?俺は多分無理だな。…瑞希が出来るならいいか」
瑞希は宗の顔を凝視した。
どういう意味…?
いただきます、と小さく挨拶するのも気恥ずかしい。
同じテーブルに誰かがいるのも。
全部が落ち着かない。それなのに妙に心は穏やかだった。
「…ん…やっぱり味する。旨い」
宗が一口食べて破顔したのに瑞希は顔が熱くなった。
それ、反則だと思う。
まるで少年のように笑った顔だった。
「よ、よかった…」
思わず顔を俯けてしまった。耳まで熱い。
洗い物を済ませてシャワーをさっさと済ませれば何もすることなくて、宗は先にシャワーしてからずっと携帯を見ている。その顔を瑞希はぼうっとして見ていた。
顔を顰めて難しい顔をして、そして口角が上がったと思ったら携帯を置いた。
「瑞希」
ベッドを開けて手でとんとベッドを叩き、来いと瑞希に指示する。
瑞希は床に座っていたのを立ち上がって宗に近づいた。
そして宗の腕につかまりベッドに引きずり込まれる。
温かい。
一人が寒かったのに始めて気付いた。
「…宗…」
「なんだ?」
呼んだだけだ。
瑞希はふるふると小さく頭を振った。
瑞希を買った人。まだお金はよこされてないけど、よこさなくていい。
出して欲しくない。
このままでいい。
そう言えればいいのに。
でもそんな事言って男に興味ない宗が呆れたら嫌だ。
ただ宗は気が向いて買ったんだろう。
同情もあったのかもしれない。
生活のために、と言ったから。
でもどうしてなのかはやっぱり分からないけれど。
でも好きで、じゃない事は確かなはず。
こんな人が男で、瑞希みたいなのを相手するわけないだろうし。
それなのに手が、身体が温かくて。
離してほしくない。
ずっとこのままいたい。
初めてそんな事を思ってしまった。
今まで仄かにいいな、と思った相手は友達の延長からだった。
それも瑞希の事情を知れば誰もが離れていった。
だからどうこうなんて思った事もなくて、それが普通だと思っていたから…。
「瑞希……」
「ん…?なに?」
「無理するな。頼っていいから」
「え……?」
「ずっと一人で頑張ってたんだろ?少し俺にもたれて休んでいいから」
どうしてそんな事をいうのか。
「宗…」
瑞希は狭いベッドで体勢を換えた。
それでも宗の腕は瑞希の身体に回っている。そっと宗の胸に顔を埋めた。
泣きたい…。
そんな事言ってくれた人なんて誰もいない。
宗の手が瑞希の背をとんとんと子供をあやすように叩いてくれた。
テーマ : 自作BL小説
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