「ここで転調して、そしてここで転調が終了。曲が終わったわけじゃないけど終了感を出さないと」
隣のピアノで凪も弾きながら説明。
「…こんな感じ…?」
「そう!」
「曲全体が一つの話だとしたら、文章の区切りのマルになるでしょう?」
「……なるほど。子供の頃なんて何も考えないでただ弾いてるだけでしたけど」
「そんなものですよ。僕も同じです。和声とかコードとか…分かりますか?」
「いや…自信ないな。勉強もしたけどパッとは今は出てこないかも…」
…しかし本当にいい声だ。
うっかりしてると聞き惚れてしまいそうだ。
「とりあえず曲中心のレッスンって事でいいのかな?」
「…ですね。今更音大行くんでもないし、自己満足なだけなので」
「………自己満足だけじゃ勿体無いですけど。きっとすぐに取り戻しますよ。ブランクがあってこれ位弾けるんじゃ…そのうち僕なんかいらなくなるでしょう」
「そんな事はないでしょうね。これでも結構凹みますよ。細かい注意が色々と出てくるから。自分じゃイけてると思ったんですけどねぇ…」
やはり自信家の男らしい。まぁ、たしかに容姿からもそれは窺える事だ。
自信家のヤツは好きじゃない。…でもこの男はただの自信家でもなく努力もするし、凪の注意をきちんと聞いて理解してる。本当に自信家で自己中のヤツなら注意など聞かないはず。それに言い方にも愛嬌があって憎めない。
「あ、続きですけど…ああ、ここの時ですが…」
凪は椅子から立ち上がり隣のピアノに座っている男の真横に立った。
「ここからちょっと弾いてみてください」
楽譜を指差し三塚の手の動きを見る。
「…やっぱり。ちょっと手首が硬いかな…。もうちょっと力抜いて柔らかく」
見本を見せるように同じ鍵盤で指を動かす。
「手がぐにゃんぐにゃんに動いてるように見えるな…」
「手首が硬ければ硬い音に……」
ふわりとまた男から甘い香りが匂ってくる。おいしそうな匂いだ。
「失礼…」
くんと凪は思わず顔を近づけ三塚の匂いを確かめた。
「…何でしょう…?」
三塚が驚いたような表情で凪を見た。
「あ、すみません…甘いいい香りがしたので…まるでスィーツみたいな…」
「………ああ」
くすと男が笑った。
「あ、すみませんっ」
匂いを確かめるために近づいた為、男の顔と声が近かったのに凪ははっとして思わず仰け反った。
「…で、今のを踏まえてもう一度どうぞ」
どきりと動揺してしまったが、凪が言葉を出せば男も何事もなかったようにレッスンを続ける。
小さく溜息を吐き出し、自分で大胆な事をしてしまったのに驚いた。
だって甘いクリームのようなチョコレートのような匂いがしたんだ。ついそれを確かめたくなって…。どんだけケーキ好きなんだよ!と自分に突っ込んでおく。
それからも三塚から甘い匂いとそして腰に響くような声にどうにもどぎまぎとしてしまう。
ピアノに集中しろ、と自分に言い聞かせ、酔いそうになる気分を押し止めた。
……疲れた。
1時間のレッスンがやけに長く感じた。
何故って匂いと声にだ。
「コンサート…」
「え?…あ、ああ」
「チケット買いましたので行きますね」
「……あ、…どうも」
「ノクターン…何曲か弾かれるんですね?」
「……ええ」
レッスンが終わって三塚が楽譜を片付けるのをぼうっとして凪は見ていた。やっぱり少し酔ったのだろうか?その甘い匂いと声に…。
「ええと、凪…先生?」
いきなり名前呼びか!?…子供達も呼ぶのは確かに凪先生だけど。苗字か高比良で言いづらいのもわかるけど!
「………同い年ですし先生つけなくても…いいです」
なんとなく同じ年なのに先生と呼ばれるのが恥かしい気がするし、これ位弾ける相手だとおこがましい気もする。…どうにも自分に自信が持てないからだと分かっているが…。
「レッスンの時は先生って呼びますよ。教えていただくんですから…。ああ、でもじゃあ、レッスンから離れたら先生は取ります。それでも?」
「…………ああ」
凪はこくりと頷いた。
「じゃあ、先生、次のレッスンも来週の同じ時間で大丈夫ですか?」
「…大丈夫」
「では、凪」
凪ぃ!?馴れ馴れしい!
「何でしょう?」
「実はちょっとお願いがあるんですけど」
お願い!?図々しい男だ!
「………なんですか?」
少々むっとして凪は答えた。自信過剰で図々しいヤツなのか!?…レッスン受けたのは早計だっただろうか…。
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