人の親切など信用ならないだろうに…。
信じないと…。人はもう信じるな、と自分に言い聞かせていたはずなのになんて自分は愚かなのだろう。
でも三塚にとって凪は今の所なにも脅威ではないはず。
ただのピアノの先生として、それだけに対しての手土産ならそれでいい。試食もそれは三塚の店のためであるはずで、凪にしたらタダで食べる事が出来るのはかえって得なのだが…。
ただ、それ以上はダメだ。そんな事言っていたって電話一本でやっぱりレッスンやめますなんていくらでもあっただろう。それならそうで凪は別にそんなの構いやしないけど…。
火曜日は三塚のレッスンだけで他の曜日は午後は子供の生徒さんで埋まっている。男のピアノの先生なんて敬遠されるだろうと思ったが三塚みたいな男らしい風貌でなかったのが幸いしたのか割合すんなりと受け入れてもらえたのはよかったと思う。
一応ピアニストという肩書きの所為もあるかもしれないが…。
レッスンがあれば自分の練習時間は自然と午前から生徒が来るまでの時間になる。限られた時間だ。
自身のピアノでさえも自信がないのにいいのだろうかという自問自答はいつでも続いている。自分もレッスンを受けたい気持ちもある。
コンサートが近いとさらに重圧がのしかかってくる
。近くで講座などがある時や公開レッスンがある時はなるべく出席して勉強に行っているが、気休めで、自身でどうにかしなくてはならない問題だと十二分に分かっている。
一週間が過ぎるのが早い。
あっという間にまた三塚がやって来る予定の火曜日だ。そして自分のリサイタルも刻一刻と近づいてくる。
そうなってくると自信のなさから食事も喉を通らなくなってくるのはいつもの事だ。
一度買い物に出かけた時に三塚のいるパティスリーを覗いてみようかと近くを通った時にふと思ったが店の人にまで顔を覚えられているのにダメだ、とそれはやめて素通りした。
ちょっと三塚の顔を見てこの間の事をどう思ったか確認したかった気もしたのだが…。あんな言い方をした凪に対して怒ってはいないのだろうか…?
気がそぞろになりながらも淡々と自分の練習をこなし、レッスンの時間を待った。
そしてインターホンがなって玄関が開いた。
「どうも、こんにちは。先週は遅くまで失礼致しました」
「…いえ。こちらこそごちそうさまでした」
いくらか和んだ感じだった空気感がまた初対面の時のようなぎくしゃくとしたものになっていた。いや、そう思うのは凪だけだろうか?
「これ、どうぞ。ああ、試作品でもないのであとで召し上がって下さい」
「…………ありがとう。でも…試作品でもないのに…?」
「ああ、いいですよ。気にしないでください。店頭用でもないですから」
「?」
店頭用でもない…?どういう事だろうか?
それからすぐにレッスン。今日は三塚の声と匂いにやられないように隣り合わせのピアノの前から移動しない事にする。近づけばその匂いに甘く誘われるような気がするから…。
淡々とレッスンをこなすが…さすがだ、と思う。注意したところを全部修正してきている。
「うん、全部よくなってます。まだちょっと慌てて急ぎ足になる所がありますけど」
「……せっかちなんですね。性格なんで。…すぐに結果を出したがる悪いクセです。それがピアノにも出るんですね」
「…一概にそうとも言えないですけど」
それを言ったら凪の音はきっと不安だらけの音になってしまうだろう。
「どうしますか?もうある程度曲は仕上がってますけど…。弾き込みますか?それとも別の曲にします?」
「人前で弾くわけでもないからいいかな…。先生のコンサートで弾く予定のノクターンでもいいですか?自分で弾いておけば曲も分かりやすいし」
「いいですよ」
本当に三塚は凪のコンサートに来る気らしい。下
手な演奏は出来ないな…とそこはプレッシャーになるが、いい意味でのプレッシャーになりそうだ。
「日曜日は仕事があるのでしょう?無理しなくとも…」
「夕方早めに終わらせるようにしますので全然平気です。ちゃんと見にいきます。…けど…顔色悪いですよ?」
三塚が凪の顔を見ながら顔を顰めた。
「ああ…いつもの事なんです…。コンクールやリサイタルの前は食事も喉を通らなくなって…」
「そうなんですか…?…大丈夫ですか?」
「大丈夫。いつもの事ですから」
凪は作った仄かな笑みを浮かべて頷いて見せた。
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