どうしようか…。
生徒がレッスンに来る前に、と買い物に出た帰り道、三塚のケーキ屋の手前の角で凪は悩んでしまった。何も三塚に用事がなければ火曜日にレッスンに来るはず。
だが…。
三塚がわざわざ凪の為にあの野菜のケーキを作ってくれた、というのは分かる。
こくりと息を呑み込んでそして足をケーキ屋さんに向けた。三塚はいるのだろうか、とドキドキしながらゆっくりケーキ屋さんに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ~」
明るい店員の声が響いてどきりと心臓が跳ね上がる。ガラス張りの明るい店内にショーケースのケーキが光っている。
…いや、今日はケーキじゃなくて!
…ちょっとケーキに惹かれながらもケーキを作っているだろう店の奥の厨房に視線を向けた。ガラスで仕切られているが三塚のケーキを作っている姿が見える。今まで何度もこの店に来たけれどいつもショーケースの中に気をとられ、奥を気にした事はなかった。
幸いにも店内にお客さんは二人だけでまだ選んでいる様子だったのをみて思い切って凪は店員に声をかけた。
「あの…」
「はい、ご注文はお決まりですか?」
「あ、いや、…今日は違うんだ…。三塚くん…」
すっと凪が奥に視線を向けるが三塚は仕事中らしく真剣な横顔でこちらを見もしない。
「え?…もしかして絋士くん?」
パートさんなのか、凪や三塚よりも年上だろう女性店員もガラスの奥に視線を向けた。
「あ、そ、そうです。お仕事中に申し訳ないですが…呼んでいただくのは可能でしょうか…?」
「あ、少々お待ちくださいね」
にこやかに店員に言われたのが救いだ。
すぐに店員さんが中に入っていくと三塚が凪の方に視線を向けて驚いた顔し、慌てたように出てきた。
「凪?どうか…?」
「あ、いや…違う…その…」
なんと言っていいのか分からずにしどろもどろとすると外に、と三塚が凪の背を手で押しながら店内を出た。
心臓が緊張でどきどきとしている。
「すまない…仕事中に」
「いえ、別に構いませんけど」
隣に立った三塚の声が近い。それにパティスリーの白の清潔なコック服に黒のエプロン、コック帽…。いつもジーンズ姿しか見ていなかったのでさらに緊張してしまう。
「あ、の…礼を…この間のケーキ…おいしかった…から」
「…そうですか。よかった」
「…食欲なくて…いたけど…あれは全部食べられた」
三塚の顔を見てられなくて俯けてしまう。
「……ちょっと失礼」
「な、な…何?」
三塚が凪の買ってきた買い物の袋の中を覗き込んできた。
「………凪?まさかこれが食事とか言いませんよね?」
三塚が屈んだ状態で顔をあげ、凪の目の前にかっこいい顔があった。
「え?そうだけど?」
「…これは食事じゃないでしょう!」
怒った様な声の三塚に凪が肩を竦めた。なんでこの男に怒られなきゃないんだ?
「余計なお世話だ」
「ええ!余計な事でしょうけどね!」
はぁ、と三塚が溜息を吐き出した。
「…マジですか?コレは栄養補助食品であって食事じゃないです」
「………本当に…食べられないんだ。惣菜とか冷色食べても戻してしまう」
凪が苦笑して首を振った。
「……そんなんでコンサート出来るんですか?」
「…するしかないし、今までもしてきた」
三塚がはぁ、ともう一度溜息を吐き出して頭を抱えた。
「日曜日も食べられていないと言いましたね?今日は木曜日。もう何日この状態なんです?」
「………先週の土曜日から…」
どうしてこんな事暴露しているのだろうか?凪がこんな状態になるのは誰も知らない事なのに。
「…俺の作ったケーキは大丈夫だった?」
「ああ…大丈夫だった…優しい味で…おいしかった…」
それは本当だ。だからこそこうしてわざわざ店にまで寄ったんだ。
「ケーキがいいのか…それとも作ったものならいいのか…」
三塚が腕を組んで考え込んでいる。
「今日凪はレッスンある?」
「え?あ、ああ…ある、…けど…?」
「何時まで?」
「ええと…七時半…」
「じゃ、七時半過ぎに伺います」
「え?」
なんで?どうして?
「…すみません俺、仕事戻らないと」
「え?あ、ああ…仕事中に悪かった…礼を言いたかっただけなのだが…」
「凪」
うわ!と凪はぞくりとした。三塚が顔を近づけ凪の耳元で囁いたその声に凪の身体が反応してびくんと震えた。
「仕事終わったら行きますね」
ふっと耳に息を吹きかける様に囁かれた三塚の声が脳天に響きそうだ。
くすと三塚が不敵な笑みを浮かべ、では、と店に戻っていき、凪も顔を赤くしながら慌ててその場から離れた。
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