いらない、と突っぱねる事も出来なくて副えられていたスプーンを手に取った。
優しい匂いがする。
熱そうなのでそっと少しだけ掬って気をつけながら雑炊を口に運んだ。
出汁のいい香りが鼻をぬける。
「……おいしい」
「それはよかった」
思わず自然に口に出た言葉に三塚が凪の向かいでふっと笑った。
「それなら食べられる?」
「………多分」
惣菜なんかは匂いを嗅いだだけでも吐き気がしたのに…。
静かにふぅふぅと何度も息をふきかけて少しずつ口に運ぶ。
「………もしかして猫舌?」
当たりなのだが…。
凪が小さく頷くとぷっと三塚がふき出した。
「火傷…気をつけて」
くっくっと笑われているのが恥かしい。いい年して猫舌とか…本当の事なので仕方ないけど。
でも…本当においしいい…。おいしいけど…どうして…。わざわざ…。
三塚は椅子に斜めに座り足を横に投げ出して長い足を組み、頬杖をつきながら表情を緩ませ凪をじっと見ている。
…好意を向けられているのは分かる。じゃなかったらこんな事しないだろう。…でも…。
「…僕の事など…気にしなくていい…」
「…………そう言われてもね。気になるんですから。顔色は悪いし、コンサートもあるのに…と」
「……いつもの事だから平気だ」
顔を俯けながら静かにスプーンを口に運んだ。
正直…気にしてもらえるのは嬉しいとは思う。誰も凪の事を気にするような人はいないのにこんな風にされて悪い気はしない。
でもそれでもしこれ以上凪も気持ちを寄せて…裏切られたら…?
今までの事が重く凪に圧し掛かる。
「……こういう事は困る。ケーキも…毎回は…困る」
「…困る」
三塚が顔を顰めた。
「別にただ心配しただけなのに?」
「だから!そういう事はしてくれなくていい」
凪はスプーンを置いて三塚に視線を向けた。
「レッスンしてお代もいただいている。それは僕の仕事だ。ケーキは君の仕事だろう?それを毎回ただでいただくのははっきりいって心苦しい。だったら金を取ってくれ」
「いりませんね。売り物ではないので」
むっとしたように三塚が言った。
「俺は売り物じゃないものを売る気はありません」
強硬に凪を睨むようにして三塚が言い放った。
「だって今週のもわざわざ…」
「ええ。わざわざあなたの為だけに作りました。そのあなたに食べていただけないなら捨てるだけです」
もったいない!
…だが、本当に困るんだ…。
凪は顔を歪めた。
「本当に困るんだ。…もうすぐコンサートもあるのに…僕のペースを乱さないでくれ。食べられないのもいつもの事だし…全然平気だ」
「……さしでがましい事をいたしましたね」
「……………」
人の好意を受け取る事に慣れていないんだ…。
心の中で言い訳をしてみる。三塚が気にしてくれているのがものすごくよく分かる。野菜のケーキだって、三塚が言うように凪の為だけのものなのだろう。
その礼を今日は言いに行っただけなのに三塚はレッスンでもないのにこうしてまた目の前にいる。…わざわざ雑炊まで作って…。
器具もないかもしれない凪の家の事も考えわざわざ三塚は小鍋まで持参で来たんだ。でもそんな風にわざわざしてくれる価値が凪にあるとは自分では思えない。なんでたった数回レッスンしただけなのに、三塚はずかずかと凪の中にはいってくるのだろう。
「とにかく、今後いっさいこういう事はしないでくれ」
三塚の低い腰に響くような声と甘い香りが凪をおかしくしてしまいそうだ。いつも酔ってしまいそうになるんだ。
「…そうですね。余計な事でした」
三塚が立ち上がってキッチンで片付けをはじめる。
…そうじゃない!本当は嬉しかった、ありがとうと言いたいのに。
凪は顔を俯け、ただ三塚が動いている気配だけに意識を向けた。
三塚が片付けを終えると凪に近づいてくるとふわりと空気が動き甘い香りを運んでくる。
「余計な事を…すみませんでした」
座っている凪の肩に手を置きその凪の耳元に顔を近づけ響く声で囁かれると凪の身体にぞくりと戦慄が走る。
「身体お大事にしてくださいね。ではまた来週レッスンで。…レッスンはありますか?」
響く三塚の声に身体をぞくぞくとさせながら口を押さえ、凪は小さく頷いた。
「では来週。…それは捨ててくれても構いませんので」
そんな事はしない、と凪はぱっと顔を上げ三塚の顔を見た。
三塚は眉間に皺を寄せゆっくりと凪から離れた。
「では、図々しく失礼致しました」
そのまま三塚が出て行くのを見送りもしないで凪はダイニングで顔を俯け座っていた。
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