ブザーが鳴って第二部。
ノクターンは三塚に手本になるようにと特に丁寧に気をつけた。そこから集中が途切れることもなく、客席に神経を取られる事もなく、二部は自分の中でもまぁまぁの出来だったと言える位だ。もし三塚が来ていれば感謝したい位に集中できたと思う。
比較的自分の中ではまともに弾けた方で安堵した。
全曲弾き終え、一度舞台袖に戻って、拍手とアンコールを待って…。
ピアノの前で礼をして舞台袖に引っ込んだ。
「高比良さんっ!」
どうした…?
スタッフの顔が驚いた表情をしてる。
「大丈夫ですか!?」
何が…?
どうした…?
ぐるりと凪の視界が回っている。
キャーという悲鳴や騒ぐ声が聞こえた。
…もしかして倒れたか…?
暗転しそうな意識。
ろくに物も食えなくて舞台が終わって安心したのだろうか?でもまだアンコールが残っているのに。
舞台に行かなくては…。
凪は誰かスタッフに抱えられていたらしいがその人を離し立ち上がろうとした。
「凪っ!」
三塚のいい声だ。…いい声だけど初めて聞く大きな声。
「凪!」
「ちょっと!君は誰かね!」
「いい…。知ってる…奴…だ」
スタッフに声をかけると三塚が凪の体を抱きとめた。
「離せ。舞台に出る。アンコールが…」
「アンコールなんて無理です!」
「うるさい!黙れ!」
凪は三塚の手を振り払いよろけそうになる足に力を込めステージに戻った。
どうしてこんな苦しい思いをしてまでステージに戻るのだろうか…?
いつもいつも血反吐を吐き出しそうに苦しいのにやはりステージに戻るんだ。
よろけそうな重い体だったがそうにかピアノの前に座り、そして腕を上げた。
アンコールはショパンの『雨だれ』だ。
この苦しい思いを低音部に籠めろ。
ステージでピアノに向かっているのはただ一人、自分だけだ。
この瞬間、瞬間を大切にするんだ。今のこの時間は戻ってはこないのだから。
何をどうして演奏を終えたのか自分でも分からないくらい朦朧となっていた。
弾き終えピアノの前で礼。もう力尽きそうだ…と思ったら緞帳が下がってきた。
緞帳?何故?と緞帳が下がるなんてないのに…と思ったが、客席が緞帳で遮られ見えなくなると凪の体から力が抜けた。
「凪!」
ステージを走ってくる三塚の姿が見えた。何をそんな必死な顔しているのだろうか?
は、っと凪は目を覚ました。
「あ…れ…?」
どこだ?と思ったら腕には点滴が刺さっていた。
「病院です」
そしてすぐ傍に三塚が何故かいた。
「ええ、と…?」
「何が大丈夫なんですか?栄養失調で倒れるってないでしょ!」
…食べられなかったんだから仕方ない。
三塚がナースコールを押した。
「目が覚めました」
今伺います、と看護師の声が聞こえてくる。
もしかしてずっとついてきてくれたのだろうか?
「救急車で運ばれたんですよ?」
「…覚えてない……。…その…すまない…。迷惑かけた…」
「俺は別にいいですけど、スタッフの人達が慌てふためいて大変でしたよ。俺は凪が食べれてなかったのは知ってたから…」
はぁ、と三塚が溜息を吐き出した。
「折角の素晴らしい演奏が台無しでしょう!」
「………すまん」
そこは素直に謝っておく。…三塚に謝るのもおかしい事だが…。
そこに看護師がやってきて色々と聞かれ、それに答えていく。気分は悪くないか、とか痛いところはないか、とか。別に何もないし、コンサートも終えた今は精神的にも大分落ち着いたと思う。
三塚が凪の事情を話していたのか、食べてないのはいつから、とかそんな事まで聞かれた。
その間に三塚がそっと病室を出て行った。
医者もやってきて栄養失調なんて、と怒られる。いい年して怒られるのはどうにもばつが悪い。
「明日一日も点滴で様子見ます。その後何もなければ明後日退院で」
「…はい」
仕方なく頷いた。明日のレッスンの子に連絡入れないと…。荷物…は…もしかして会場におきっぱなしか?
はぁと看護師や医者がいなくなってた溜息を吐くと三塚が戻って来た。
「今会場に方に連絡入れました。スタッフの方が凪の荷物持ってきてくれるそうです」
「…ありがとう」
助かった。
「それとコレ…こんなとこでなんですけど」
場違いな花束。
「演奏…よかったです」
「………ありがとう」
何が?どこが?と問いただしたい気持ちを抑えた。自分のピアノの事などよく分かっている事だ。三塚は凪の演奏のどこをいいと感じたのだろうか…?
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