「…あんなに…」
三塚がベッド脇の椅子に腰かけながらいい声を響かせる。
「ん?」
「アンコールの時の…今にも倒れそうな凪がステージに向かって…アンコールを弾いて…感動と、ハラハラとごちゃごちゃになった」
「…感動…?」
「ええ…。ノクターン…俺も弾いてましたが…全然違う曲だった」
「同じだろう?」
「楽譜はね。音譜は同じでも…全然違った。どうしてああなるかが不思議だ…」
くすりと凪は笑った。どうやら三塚が本当に満足してくれたらしいのに安心した。
「君に教えるつもりで弾いたんだけど」
三塚がじっと横になっている凪を見てそして手で凪の肩を押さえつけてきた。
どきりとして驚くと三塚が凪の耳元に顔を近づけて来た。
「…ありがとうございます」
病院の消毒臭い匂いがするはずなのに三塚が近づくと甘いいい香りが鼻腔をついてくる。
「……あんな風に弾いてみたいもんです。…いや、ピアニストの凪に向かって同じ所に立とうとなんて思ってるわけじゃないですけど…」
「…あれ位なら君は弾ける様になるだろう」
「まさか!」
三塚が離れて凪はほっとした。
声と香りがやはり近いと酔いそうに感じてしまう。
「倒れたのには驚きました」
「……救急車で…?」
「はい一緒に乗ってきました。…本当に…あのアンコールが…脳裏から離れない…。俺の手を振り切ってステージに向かう凪の後姿が…ピアニスト…ってあんな世界なんですね」
「……どうだろう?僕なんかは全然たいしたことないピアニストだけど」
「まさか!…今日は俺は興奮して寝れられそうにないかも」
三塚が苦笑する。
「しかし栄養失調はいかがなもんかと思いますけど?」
「…もうコンサート終わったし平気だ」
「じゃあまた次があったら?」
凪は肩を竦める。
「さぁ?」
「今までも毎回倒れてるんですか?」
「いや、…今回が初めてだ。へろへろにはなってたけど…」
三塚の好意を断って倒れたのはどうにも複雑な気もする。
「全然大丈夫じゃなかった」
「こんなのは初めてだ」
むっと凪が言い返し三塚の強い視線と交差させる。
「素直に好意を受け取っておけばこんな事にもならなかったのに」
…そうだろうけど…。
まさかそんなわけにいくはずもないだろう。
「退院は?」
「明後日と言われた」
「明後日…火曜日か…じゃあ迎えに来ます」
「別にいい」
「何か用事や欲しいものは?」
「…別にない」
ケーキが食べたいなと一瞬思ったが黙っておく。
「ケーキ食べられそうですか?食べられそうならあまり胃にもたれなさそうなの選んで明日持ってきます」
凪が思った事が分かったのだろうか?
誘惑に勝てなくて凪は頷いた。
「金払うから」
「いいですよ。今日のレッスン料の代わりという事で。ああ、そうそう…俺、店のバイトの子やパートさんに怒られました」
「?」
三塚が凪を見て苦笑を漏らす。
「王子がこなくなっちゃうでしょ、と」
………王子って……?
「なのでたまには店の方にも来て下さい。ただイートインはダメです」
「…しないと言ってる」
店で食べるとか、そんな恥かしい事するか!一人で買いに行くのにも恥かしいのに。
「それにしてもよかった…安心しましたよ、ホントただの栄養失調で。何か他の病気だったらどうしようかと思いました」
「………」
確かに三塚には迷惑をかけてしまった。
「…すまなかった」
「いえ。もうそろそろスタッフの方も来るでしょう。俺はじゃあお暇しますよ」
「…ああ、本当に悪かった。ありがとう」
「いえ、じゃあまた明日来ます。点滴のおかげか顔色もだいぶよくなったし、安心しました」
では、と三塚がまた顔を近づけて凪の耳元に挨拶を囁いたのが腰に響きそうになる。
その声で耳元に囁けば女は堕ちるだろうと言ったが、その声を凪に向かって囁くのはおかしいだろう。
「声…近すぎる…」
「近付けてますからね」
確信犯か?
「ではまた明日。今日はゆっくりお休みください」
「病院でゆっくりも微妙だが…」
「自業自得でしょう」
…それはそうだ…。
むっとして凪が黙ると三塚がくすりと笑った。
笑うと三塚のきつい目元が優しくなる。
どうして…あんなに遠ざけようとしたのにこんなに普通にしているのだろう?三塚も…自分も…。
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