だって!恥かしい思いをしなくてもケーキがやってくるんだ。
しかも自分が選んで買わないものまで…。
本当はお店に並ぶケーキを一種類ずつ全部味わっていきたい所をいつも我慢して二種類位だけ買ってたのに。店の人にまで顔を覚えられて余計恥かしくなってたのに。
はっきり言ってすごくそこは三塚と知り合えて助かっている。ただ!三塚が代金を取らないのが不満なだけだ。取ってくれれば心置きなくケーキを堪能できるのに!試食とか失敗の分とかだったら…そりゃいい、とは思うけど…。
そういえば三塚の作ってくれた雑炊もおいしかった…。
明日は迎えに来てくれて、ホールケーキって…。
それにあの声…。声を聞くと身体が痺れそうになる。三塚が近づくと甘い匂いがして…。
凪…、と呼ばれる声を思い出した。それと倒れる間際に見た三塚の心配そうな顔と崩れそうになった凪の身体を抱きとめてくれた腕。レッスンの時の三塚の大きい手と長い指が鍵盤を滑るのも思い出した。あの手が美味しいケーキを作ってるんだ…。
「っ!」
さっきから何三塚の事ばかり考えてるんだ?
それじゃダメだろう!…でもはっきり言って頼れる身内もいない自分にこうして誰かが来てくれるというのはありがたい…と思ってしまう。
でも…三塚は他人だ。他人が心の中でどう思っているかなんて分かったものではない。前だって…あんなに分かり合えていると思ったあいつに言われた言葉を思い出せ。
凪は苦い思いを浮べながらプリンを平らげた。
感謝はする。わざわざコンサートにも来てくれて、花束も…。だがそこまででいい。
これ以上中に入れちゃいけない。
…それでも随分と三塚は凪の中に入ってきている。こんなに無類のケーキ好きなんて今まで誰にも知られた事などなかったんだから。そこは三塚がパティシエだから仕方ないんだ。そうじゃなかったらバレなかったはず。だってそうじゃなきゃケーキの試食なんて三塚が持って来る事もなかったし、そうしたらプライヴェートの方まで三塚が入って来る事もなかったんだから。
テーブルの向いでうっすらと笑っている三塚の表情を思い出すと落ち着かなくなく。
「!」
またずっと三塚の事を考えてるじゃないか!
「…考えすぎだ」
ちょっと寝てしまおうと病院の布団を被った。
弱っているから…そこに優しくされたからだ。それにあんな綺麗でおいしいケーキを作る職人だから…。ついケーキにつられてしまうだけだ!
「顔色良くなりましたね。血液検査で何もなければ今日午後に退院でいいです。もうこんな事で入院とかはやめてくださいよ」
「はぁ…すみません」
朝の回診で医者に苦笑されながら言われてさすがに凪も恥かしくなる。
いい年して情けないといえば情けない。世の中にいくらでも食べ物も売ってるし、食べる所もあるのに。買う金がないなら仕方ないがあくまで自分が受け付けないというだけで、自己管理がなってないという事だ。
今日はレッスンは三塚の分だけだし、明日からは通常に戻れるはず、とほっとした。
…本当に三塚は来るのだろうか?昨日今日で嘘はつかないとはさすがに思うけれど…。なんとなく落ち着かない。期待しちゃいけないというのに…。本当に自分はどうしたいのだろうか?自分が迷走していると思う。三塚自身はどこも最初から一貫して変わっていないように思える。凪が拒絶しても全然。相変わらずケーキ持参でくるしその他にも世話を焼いてくる。
………また三塚の事を考えていた。
考えるな。そして後はレッスンだけの関係に戻ればいいんだ。ケーキもお金を払うから買ってきてくれと頼めばいいんだ。そうしたら後ろめたくもない。ギブアンドテイクでなくちゃいけない。今のままじゃ三塚の迷惑にしかなっていないだろう。それじゃダメなんだ。
そうしたらきっと三塚とはいい関係になれるはず。三塚の店の売り上げにもなるんだから。いつも凪が何かを言う前にうやむやとされ、三塚の強引とまではいかないけど、押しの強さに流されていたがそれじゃダメなんだ。
そうだ、と凪は一人で晴れやかな気分になった。
そうすれば動揺もしないし凪のいいような理想の関係だ。
どきどきも好きも自分には不必要な事なのだから。
たくさんのポチいつもありがとうございますm(__)m
にほんブログ村小説(BL) ブログランキングへにほんブログ村 BL小説