「な、何をしている?」
「え?開いてるとこに収納。住んでるのにこんなにキッチンの棚が空いてるって普通ないと思いますけど」
三塚は持ってきた鍋や何やらを勝手に凪の家のキッチンに片付けていく。
「…凪は座ってていいです。ケーキはちゃんと冷蔵庫に入れておきましたから後でね。…ところで、聞いてもいいのかな?凪のお母さんって…どんな人だったんです?」
「ピアノだけの人」
凪はやっと帰ってきた、とダイニングの椅子に座った。
やはり何もなくとも病院よりもずっと気楽でほっとする。
「来る日も来る日もピアノだけの人」
三塚が凪の顔を見た。
「……それは自分が?それとも凪に?」
「僕に。……だから僕は人付き合いも下手だし、何も出来ない。ピアノしか出来るものがないんだ…。…多分、今思えば精神的に病んでいた人だったのかも…とも思う。僕にだけだけどね。友達と遊ぶ暇あったらピアノ。勉強よりもピアノ。でもいう事を聞いておけばヒステリーを起こすこともなかったから…」
「……ちょっと待って」
三塚がキッチンから凪のいるダイニングに出てきた。
「じゃあ何か?凪は本当にずっとピアノだけ?」
「そう。学校から帰ってきたら寝るまでずっと。ピアノ弾かなくとも楽譜みたり、楽典の勉強とか」
三塚が顔に渋面を浮べる。
「もしかして…小さい頃からずっと…?」
「大学入ってからは離れたけど。そこまではね。高校も音楽学校じゃなかったからずっと続いた」
三塚の顔が苦痛に歪む。きっと凪の母親の事を狂っているとでも思っているのかもしれない。
「友達と遊んだこともないんだ…?」
「ないね。学校行事位だけ。それも宿泊のは理由つけて参加しなかったな。ピアノの練習休む事になるだろ?」
どうしてこんな事三塚に話しているのか…。
くすと凪は苦笑を浮べた。
誰にも言った事などないのに…。幼稚園の頃からもう友達や近所の人は分かられていて、そのつてで小学校でも中学校でも高校でも凪の事を知っている人が自然に話題を振りまいていたらしく凪が説明をしなくとも事情が勝手に聞こえていたらしい。
確かにここは凪の育った場所でもないしそんな凪の幼い頃の事情など知っている者はいないはず。でもそんな事を気にする位に、自分が話す位に誰かと親密になるなんて思ってもいなかった。
いや、親密では全然ないのだろうけど、でも凪にしたら三塚は今までで一番誰よりも関わっているかもしれない。
プライヴェートで誰かといるなんて大学の時以来だ。でもあの時だって凪は自分の事情なんて口にしなかった。
…考えてみれば、聞きもしてこなかった位で凪には何の興味もなかったという事だろう。
でも…じゃあ、なんで…三塚は聞いてきて…どうして凪はべらべらと話しているんだ…?
三塚が凪の横に膝をついてじっと凪の顔を見上げていた。真面目そうな顔つきで凪をからかって笑っている時とは全然違う。眉間の皺がきりっとした眉を浮き上がらせていた。
「…なんでそんな難しい顔?」
凪は手を伸ばして三塚の眉間を親指で押した。
あ!なんで自分から触ってるんだ!?いや、だって自分よりも三塚の方が苦しい顔をしてるから…。
ばくっと心臓が跳ね上がった。
三塚が凪の伸ばした腕を掴んだのだ!
「は、離せ…み!三塚っ!」
さらにかっと体温が上昇した。
三塚がゆっくり掴んだ凪の腕から今度は手を掴んで来たんだ。そしてその凪の手を膝をついたままの三塚が凪を見上げるようにして視線を絡めたまま口に近づけていく。
「ちょ…っ」
そして凪の指先を掴みその指先にキスしてきて慌てて凪が三塚から手を離した。
何を考えているんだ!?顔から火が出る位に熱く感じる。
「何をする!?」
「キスしたくなったので」
「お前は誰にでもそんな事するのか!?」
「しませんよ」
だって今しただろ!?
「ねぇ?聞いてみたかったんですけど。凪は男の方が好き?」
「……………は?」
目が点になってきょとんとしてしまった。
三塚がゆっくりと立ち上がったのにびくりと身体を揺らした。その三塚はくすりとそんな凪を見て笑みを浮べると、今度は顔を近づけてきた。
何をされるのかと顔を俯けてぎゅっと目を閉じれば凪の耳元に三塚が顔を寄せてきた。
ふわりと凪の鼻腔をくすぐる甘い香り。思わず食べたくなるような匂い…。いや!食べたいじゃなくて!
「俺の事、嫌いではないですよね?」
耳にベルベットボイスが低く響いてぞくりと凪の身体が震えた。
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