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トロイメライ 30

 聞かなかった事にしたらいい。何もなかった事にすればいい。
 無駄だと思っても期待しそうになってしまう自分に枷をつけないと…。
 初めて出来た友達だと思っておけ。自分にそう言い聞かせるしかない。
 そのくせ片付けをしている三塚の存在が気になって気になって仕方がない。この家に凪が来てから初めて自分以外の誰かが家にいるのが不思議で仕方がない。それなのに案外すんなりと受け入れている自分にも不思議なんだ。

 「三塚、手伝う…」
 「いえ、いいですよ。凪は座ってて」
 そうは言われてもなんとなく落ち着かなくて…。自分の家なのにまるで凪の方が客のようだ。
 片付けを終えると小さな箱を手に三塚がリビングに戻ってきて、つい凪は身体を乗り出してしまう。
 その凪を見て三塚が顔を歪ませて笑いを堪えているらしい。

 「……我慢しないで笑えば?」
 もう三塚にはどう思われたって平気だ。今までだって散々見られているので今更だと開き直れる。
 「いえ、…可愛いなと思っただけですけど?それに…やっぱり嬉しいですよ。作った方にしてみれば」
 「……早く見せて」
 「………どうぞ?」

 箱をテーブルに置いて三塚が促す。凪が自分で開けていいのか?と目で問えば三塚もどうぞ、と顎をくいと上げる。
 小さめの白い箱。側面をそっと開けてトレーを引き出す。
 白い生クリームがたっぷり。真ん中にはイチゴとブルーベリーが乗っかり、チョコで飾りつけもされてて見るからにもうおいしそう!
 ナイフもフォークも刺すのが勿体無い位に綺麗だ。
 凪が堪能してじいっと眺めていると三塚が切りますか?と声をかけてきた。

 「…勿体無いな」
 「食べてもらわないと。折角作ったのに。凪なら半分位余裕でいけるかな?あとの半分は明日にでもとっておけばいいでしょう」
 「…………うん」
 明日も食べられるんだ…。
 「あ!でも三塚は?」

 「俺はいいですよ!自分で作って自分で食うのは飽きてますから」
 …贅沢な。
 「あ、また試食持ってきていい?」
 「…………」
 それは勿論、とこくんと凪が頷くと三塚がくすりと笑いながらケーキにナイフを入れた。
 やっぱり勿体無い!と思ってしまうけど食べたいし、で黙っておく。

 「どうぞ?」
 皿に取り分けてくれて手渡されるとそっとフォークを刺した。
 「~~~~~っ!」
 おいしいっ!
 く~~~っと凪が身体を震わせていると三塚がまた笑っている。
 もう三塚がいくら笑っても気にしないからいいけど!
 だってこんなに美味しい!

 「ホント…幸せそうに食べてくれる…作った甲斐があるってもんです」
 三塚がじっと凪の顔を見つめながらそんな事を言う。
 そしてまたすっかり流されているのにはっとした。

 …ダメだろ…。
 三塚に会うまではちゃんと対等に、と思っていたはずだったのに、すっかり三塚のペースになってるじゃないか…。キスまでされてるのに、何を悠長にしているんだろう…。好きだとか欲しいとか…。
 ケーキに気を取られて、って…自分でもどんだけ、と思ってしまうけど…何しろ三塚に対して自分に拒絶がないんだ。  
 ケーキ職人だから…?いや、ケーキ作る人だったら誰でもいいってわけじゃないだろう。自分の中が訳分からない事になっている。

 でも…。
 「凪」
 「な、な、なんだ?」
 三塚が低い声で真面目な顔で凪をじっと見ていた視線にどきりとしてしまう。
 「さっきも言いましたけど本気です。見た所凪も俺に対して拒絶もないようだし?嫌われちゃないようだし…困るとは言ってたけど、嫌だ、じゃないですからね」
 くすりと三塚が余裕の笑みを見せた。

 凪はいっぱいいっぱいになって動揺しているのにそんな事を言っている三塚の方がよほど全然普通で余裕に見えれば本気だなんて見えない。
 …からかっているだけだろうか?…でもからかって普通男にキスはしないだろうけど…。でも男でも女でもといった三塚ならアリなのだろうか?
 そんな経験など皆無といっていい凪にしてみれば理解できない。

 「…でも僕にはそんな気は…」
 「そんな気に凪がなれば問題ないでしょう?」
 なくない!あるに決まっている!
 「…本気なので。急ぎません…ゆっくり凪を手に入れます」
 やっぱりなんて自信家な男なんだ!
 凪は絶対に何に対してもそんな事言える位の自信はないと思う。
 今みたいな感じの関係だったら…いいのに…。付き合うとかじゃなくて…凪がそんな風に三塚を思うのはない事なのに…。

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