ちょっとの入院から三塚に送ってきてもらって自分の家なのに三塚にご馳走してもらった日、三塚は何事もなかったように帰って行った。
やはり自分ばかりが動揺していたと思う。
何しろ経験値が少ないのは自分でもよく分かっている。
ずっと幼稚園に入る前からピアノしかなかったんだ。母親の顔色を窺うような言動だったし、自己主張は通った事がなかったので諦めるのが普通だった。
たった一人、凪を好きだと言ってくれた相手に大学の時は舞い上がっていたんだと思う。今はそれを経験してさすがに三塚に告白を受けたからといって舞い上がる事がないのは成長したという事なのだろうか?
……でもいいようにキスもされたが…。
とにかく、自分が苦い思いをしたくない。
三塚には感謝する。誰も凪の事など、…他人の事など気にもしないだろうにわざわざ病院まで来てくれたり、救急車にまで付き添ってくれて、好意は分かる。…でもそんな好意をただ受けてちゃダメだろう…応える気もないのに…。
一人の方が気が楽だ。今だってこうしてぐだぐだと考えすぎてしまっている。一人だったらこんな事考える事もないのに。
「先生?」
「え?ああ、ごめんね。もう一回最初から弾こうか。早くなったり遅くなったりしないように、一緒に弾くから合わせてね」
レッスン中にも頭の中は三塚だらけだ…。
……ダメだろう。
もう凪の体調も元通りだ。三塚とも元のように戻ればいいだけだ。レッスンだけの関係に。
そう思っているのにレッスンの合間に携帯を開けたら三塚からメールが入っていた。
今から行きます、…と。レッスン中でしょうから勝手に入りますね、と。
30分ごとに生徒が出入りするのでそりゃ玄関は開けっ放しだが、普通勝手に入りますね、ってないだろう。…でもキッチンにあるのは三塚の用意した道具だし…。いいけど何しに?ケーキの試食?
そわそわと凪は落ち着かなくなる。
レッスンしながらも意識が玄関の方に向かってしまう。
あ、来た!…かな?インターホンも鳴らないで玄関のドアが開く音がしてそのまま気配がキッチンの方に行った。
そして少しすると包丁の音なんかが聞こえてきた。
もしかして…ご飯の用意しに!?なんで!?…って多分凪が自分で用意するとかをしないからだろうけど…。だからって三塚がわざわざ来てする事でもないだろう!
気になって気になって気がそぞろになってしまう。
それでもレッスンを終え、ピアノの部屋の電気を消して部屋を出た。
「お疲れ様」
「な、に…して…?」
「飯の支度。ちゃんと昨日とかも食べてたみたいですね」
「食べた…けど…」
三塚が作ってくれて残った分でご飯をいただいていた。勿論、折角作ってくれた物で勿体無かったし、時間が経ってもおいしくいただいた…けど。
けど!
…なんで?
眉間に皺を寄せていると三塚が苦笑した。
「まぁ気にしないで。俺が勝手に来て余計なお世話焼いてるだけなんで」
「そんな事言ったって…」
「凪の事が心配で。…ちゃんとい食ってるのか、また倒れたりしてないかって」
「そんな頻繁にそんな事あるはずないだろう!大丈夫だ!」
「………分からないでしょ?」
「分かる!この間みたいになったのだって初めてだ」
「でも似たような所まではいってるでしょう?」
「…………」
「毎回コンサートやコンクールの時は食べられないって言ってましたよね?」
「………でもコンサートの時とかだけで…普段はない」
「そうですけど。惣菜とか冷食が身体にいいわけないでしょう?」
「…………」
全部その通りなので黙るしかないけど…。
「だからといって三塚が…って話はおかしいだろ」
「そうなんですけどね。俺が気になるのでいいですよ。そこは凪は気にしなくて。それにほら、凪の顔が見たいな、というのもありますし」
「な、何を言って…」
動揺するような事は言わないで欲しい。
「飯の支度も俺は別に苦でもないので」
そうは言っても…。
どうしたらいいんだろうと凪が考え込むと三塚が手を洗ってそして凪に近づくとそっと頬に手を触れてきた。
「凪が嫌じゃないならそれでいい。その内に俺に惚れてくれりゃ問題ない」
「…ならない」
「本当に?」
だから!耳元で囁くのは反則だ!
ぞくりと声に反応して身体を竦めると三塚が満足そうにくすりと笑う。
「ケーキもありますよ」
「あ、…りがとう…」
それは嬉しいが!…三塚の声は心臓に悪い!
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