「…何がありがとう?」
三塚がきょとんとしているのにまたくすりと凪は笑ってしまう。
凪にしてみれば泣きたい気分な位に嬉しい事なのだが、三塚には分からないらしい。
凪は小さく頭を横に振った。
「もう一回一緒に最初から弾いてみよう。もう少し溜めるとよくなる所が何箇所かある。間を感じられるように」
三塚と合わせて一緒に二台のピアノで同じ曲を弾いた。
やっぱり二台ピアノしてみたいな…と弾きながら思ってしまった。
凪の音の方が繊細だ。三塚の音は力強い。さすが音大に行きたかったと言うだけのことはあるな、とかなり三塚を見直してしまった。
嬉しいと思う。いくらかでも自分の演奏がこんな風に影響を与える事が出来たと分かったのが。
三塚に抱きつきたい気分だが…さすがにそれはちょっと、とは思う。
でも本当にそれ位凪にとっては嬉しい事だった。
自分の演奏している意義を三塚が知らせてくれたようで…。いつも苦しい思いをして何故、どうして、と自問自答しながらもステージに向かっていたのだが、この三塚の変化で今までの全部が報われたような気がしてしまう。
自分がこれだけ人に影響を与えるんだと…心の中が震えるのを必死に抑えながら三塚を導くように一緒に音を奏でる。
コンサートの時も三塚に教えるようにと思って弾いたが、三塚はそれを全部感じ取ってくれたらしい。日常も一人だがステージ上ではさらに孤独だと思っていたのだが、こうして感じ取ってもらえるのが手に取るように分かればそれだけでしてよかったと思う。まさか三塚からこんな礼をもらうなんて…。
…というか三塚からは貰ってばかりなような気がしてくる。
気じゃなくて本当にもらってばかりなのだ。
「少しはましになったかな?」
三塚の言葉に凪はふき出した。これで少し?
するとむっと三塚が面白くなさそうに顔を顰めた。
「……どうやら前は俺の弾き方はよほど酷いものだったらしい…」
「いや、そうじゃないけど…」
その言い方がまた可愛い。
「嬉しい、と思うよ」
三塚が肩を竦めた。
「どうやら凪はご機嫌らしいのでいいですけどね」
みっしりと一時間のレッスンを終えて楽譜を片付けながら三塚も苦笑した。
「あ、レッスン料お渡しするの忘れてました」
「いらない」
「え?」
三塚が封筒に入れて出して来た物を凪は断った。
「君にはもらってばかりなのに…ケーキも料理も…それで僕がとれるはずないだろう」
「いえ、それは俺が勝手に…」
「いらない。君がちゃんと材料費やなにやらを正等に受け取ってくれるなら僕も受け取るけど。むしろレッスン料でも足りないくらいだろう?僕の方が払わなくちゃいけない位だ」
「いえ…それは…困ったな…」
「分かるか?僕もずっとその状態だ。ケーキだってそれは君の仕事なんだから」
うーん…と三塚が呻っている。
「受け取って……」
「いらない」
「でもただで…」
「僕はずっとただ飯いただいていたけど?」
うーんとまた三塚が呻る。
「僕はレッスン料を受け取る。ケーキ代や食事の材料費を君は受け取る。それでいいならそれはいただくけど?」
「……分かりました。じゃあそれで」
これで一つ気になっていた事が解決だ。
「ただ、ケーキ代は本当にいいです。もってくるのは廃棄する分…と言ったら言い方が悪いですが…。その代わり月に一回位は凪が店の方に前みたいに来てください。俺怒られるんですマジで」
「?」
「前にも言ったでしょう?王子が来なくなったって…ずるい、って」
「……僕はなるべくなら…行かなくていいならその方がいいんだけど」
「そこはお願いしますよ。ホントに…」
「……分かった。ケーキ代の分という事で」
「ええ!」
よかった、と言わんばかりに三塚がほっとした声を出した。
「いいけど。その王子ってなんだ?この間も言ってたけど」
「凪の事ですよ。キラキラしいから。ウチの店のパートさんとバイトの子らのあだ名です」
「………やっぱり行きたくない」
見られてるのは分かっていたけどそんなあだ名までついてるなんて!それに王子なんて一体…。
かっと凪が顔を赤らめれば三塚がくくっと笑っていた。
「諦めて下さい。それに俺も凪に来てもらえるなら嬉しいかな…。仕事中に顔が見られる」
三塚の響く低い声でそんな余計な事を言われたらますます行きづらくなるじゃないか!
店での三塚の姿を思い出した。パティシエの格好も似合っててかっこよかったんだ…。
たくさんのポチいつもありがとうございますm(__)m
にほんブログ村小説(BL) ブログランキングへにほんブログ村 BL小説