凪は車を持っていないので公共機関を使う。そして近いバス停は三塚のケーキ屋のすぐ先で丁度いい。
いつもご馳走になっていたけど、店に来るのは久しぶりだ。三塚と同じ甘い香りが店の中に充満している中一歩足を踏み入れた。今日はウィンドウの中じゃないけれど…。つい目は綺麗にデコレイトされた可愛いおいしそうなケーキに視線を取られてしまう。
…っと、三塚は…いた。
凪が来たのが分かったのだろが、視線をこちらに向けながら肩を揺らしているという事は凪がケーキに惹かれていたのを見ていたんだ。
「いらっしゃいませ~!お決まりですか?」
「あ、いや、今日は焼き菓子を…」
「箱にお入れしますか?」
「お願いします」
お洒落な焼き菓子を選んで箱に入れてもらうのを待って会計を済ませる。いいけど…若い女性店員が満面の笑みだ…。ちら、と別の店員さんを見ても凪の方を見て笑顔…。…だから!買いに来るのが恥かしいのに!
箱を手渡されると三塚が出てきた。
「これから?」
「……そう」
すっと三塚の手が凪を外にエスコートするように背中を押してきた。
「ありがとうございます~」
背中から店員さんの声が響いて来る。
……なんか恥かしい。
「バス時間はまだ?」
凪が腕時計で確認するとまだもう少し時間があった。
「もうちょっと」
「じゃあ、後で。夜に迎えに行きますね。会場近くの道路に停めて車で待ってた方がいいかな…?」
「あの…本当に別に…」
「俺が行きたいだけですけど?」
そんな風に言われたら何も言えなくなる。それにほら、三塚がパティシエの格好してるから…いつもとどことなく違う。
「スーツ姿もいいですね」
「な、な、…っ」
「いつもはラフな格好ですけど。燕尾服もよかったですが、スーツ姿もいい」
そんな事言われたらなんて返せばいいんだ?…どうしてこう三塚は凪が動揺するような事ばかりさらりと言うのだろうか!
「…どうも…。三塚も…パティシエの格好…似合ってる…」
「は…?あ、…え?………そう、ですか…?」
三塚が珍しく慌てているのを見て凪はぷっと笑ってしまった。顔も仄かに赤くなっている!珍しい!いつも自分ばかりが翻弄されていると思ったけど…なんだ…三塚もこんな風になるんだ!
「びっくりした…。凪にそんな事言われるとは思ってもなかった」
「…この間見た時もカッコイイなと思ったよ。三塚は背高いし足も長いから黒のロングエプロンが似合ってる…」
「……手放しじゃないですか…。夜に期待してもいいんですか?」
「……話がそれは別だろう?一般論で僕は言ってるだけだ」
「つれない事を…惚れてるって言っていいですよ?」
「誰が?」
くすりと凪が余裕を見せると三塚が苦笑した。
「今日はやられたな…あ、バスが来ましたね。じゃ、気をつけていってらっしゃい。あとで夜に」
「………ん」
こくんと凪は小さく頷いた。
いってらっしゃいなんて…そういえばもう何年も聞いていなかった言葉だ。新鮮に感じて、しかもそれを言ってくれるのが三塚で…。
「…いってくる」
小さく呟いてバスが向かって来るので店のすぐ先のバス停に行った。
気恥ずかしい…。
そしてなんか心が温かい気がする。
たったいってらっしゃい、だけの言葉なのに。
バスに乗り込み、ふと三塚の方をみたらまだ三塚は外に立っていた。凪と視線を絡めて表情を緩めたのまで分かる。
どうしよう、と思いつつ空いていた座席に座り、窓から小さく手を振ると三塚が大きく目を見開いたと思ったら口を押さえて笑っていた。
……また馬鹿にされそうだ…。
でも別に三塚に笑われるのは毎度の事なので、今更一つ増えたってどうって事はない。
それよりも気持ちがふわふわしている気がする。いってらっしゃいの言葉一つがこんなに嬉しく思うなんて…。
三塚と交わす会話は楽しいと思う。凪は人付き合いは苦手な方で思ったようにうまく言えないが、三塚の前だと比較的言えている気がする。
三塚が些細な事でムッとしたり表情に出す事をしないからだ。凪が何を言っても悠然として穏やかでいるから。言い過ぎたんじゃないかと思う事も三塚はなかった事にして次に会う時も何もいつもと変わらないから。
だからほっとしてつい普通に言ってるんだと思う。
前は違った…。顔色を見て窺うのが普通だったから…。母親にもそうだったし、唯一ほんの少し付き合った相手にも、大学で友人だと思っていた奴等にもそうだった。嫌われるんじゃないか、と怖がっていたから…。
どうして三塚には平気なのだろうか…?
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