ホールには子連れの親子もたくさんいた。コンクールなどに出る子なのだろう。それにピアノ講師らしき女性も多い。
「あの…高比良 凪…さんじゃ…?」
「え?あ、そうです」
「やっぱり!この間のコンサート拝聴させていただきました!すごく素敵でした」
「…ありがとうございます。自分はまだまだ未熟ですが…」
公の場に出れば声をかけられる事も少なくはないが…どうにも凪はやっぱり苦手だ。
来てくれたというお客さんにもおざなりに返事を返し、あとはホールの端の方で大人しくしてるに限る。
公開レッスンは子供のコンクール用の課題曲か…。バッハにモーツァルトにショパン、近現代はショスターコービッチ。どれも小曲だが…。凪も子供の生徒さんでコンクールに出せるような子がいれば出すが…。親御さんとの話にもよるし、何より本人にやる気がない事にはなかなか難しい。
そんな事もあって凪の生徒でコンクールに出した子はいなかったが、そのうちに出たいという子が来るかもしれないし、やっぱり勉強は必要だろう。
解釈はピアニストや先生によっても違うだろうからバッハなんかは特に難しい。
…そういえば三塚もバッハは苦手だと言ってたな…。
思い出してふっと笑ってしまう。
ブザーが鳴って公開レッスンが始まった。
立花 創英はタイなしのラフな格好でマイク片手に公開レッスンを受ける生徒さんと一緒に出てきた。
顔を見てもやはり神経質そうな感じはする。テンポ通り、譜面通りは正確だけど…凪はピアノはそれだけじゃないと思うのだが…。
そうは言ったって凪よりもずっと前からピアニストとして活躍してきた人だ。好みだといってしまえばそれまでだが…。
この人の演奏を凄い、と思う事はあっても震えるような感動をすることはないだろうな…というのが凪の正直な感想だ。
そういう自分だってとてもそんな演奏できた試しはないけど。
特に目新しいレクチャーもなく、言ってはなんだが、これで終わり?という感じであっという間に終わってしまった。
まぁ、確かにたった一回のレッスンで全部を直すのは無理があるから仕方ないだろうけど…。
…挨拶に行かなくてもいい位だな、と思いつつ教授が話をしておくと言ってたので控え室の方に向かった。
あまり行きたくもない控え室に向かっている途中で携帯を見たら三塚からメールが来てて外にもう着いているらしい。さっさと挨拶を済ませようと立花 創英様と書かれた名前を見つけてノックした。
「高比良 凪と申します」
どうぞ、と中から声が聞こえた。
「失礼します」
「教授から聞いてました。今日はわざわざありがとうございます」
「いえ、僕も生徒を持っていますので、今はまだコンクールに出すまででもないですが、将来の為に勉強になります」
一応ピアニストとして名を並べる以上社交辞令は必要だ。そんなのも煩わしいと思うが仕方のない事だ。
「高比良さんはこの間リサイタルを終えたばかりだそうですね。固定ファンも多いと聞きますし」
「いえ!まさか!」
慇懃な態度を見せる立花 創英にちょっとこの人苦手だな、と凪は早くここを去りたい気持ちだ。
「あ、これ少しばかりですがどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
三塚の店から買った菓子折りを手渡して挨拶を終えればもういいだろう。
立花 創英は椅子に座ったまま凪を計るように、舐めるように見ていた。…どうも居心地が悪い。
「高比良くん、これから予定は?よかっらたどこか店にでも…」
「あ、いえ…ちょっと」
「なんだ…残念だな」
視線が突き刺さってくるのが怖い。
…この人の目は大学時代にも向けられた視線だ。
…………分かってしまった。三塚と全然違う!
「折角のお誘いに申し訳ありません。次の機会があれば是非。それでは失礼致します」
そそくさと挨拶を済ませて凪は控え室を後にした。
外で三塚が待ってくれている。どこか蛇を思わせるような立花 創英の視線が怖かった。
凪は動揺しながらぱたぱたと小走りでロビーを通り抜け外に出た。
そこではぁ、っと安堵の息を吐き出した。どうしてこんなに緊張したのだろうか?
通りには車がならんで停まっていて三塚の車はどこだろうときょろりと見渡していると後ろから声がした。
「高比良くん」
立花 創英だった。……どうして?
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