「本当にいいんですか?無理してない?」
「してない。ピアニストなら人前で弾いてなんぼだろう?」
ごちそうさまでした、と挨拶してまた近々打ち合わせも兼ねて来ると約束して三塚の友人の店を後にし三塚の車に乗っていた。
お酒がちょっと入っていい感じに気分がふわふわとしている。
「ピアノだって一応グランドだけどランク低いですよ」
「関係ないよ。……三塚は僕に弾くのをやめて欲しい?」
「いえ!そうじゃないけど…」
帰りの車の中で会話が続く。
「色々と心配なだけです。……ああ…連れて来るのやめればよかった…」
「そう…?僕は嬉しかったけど…」
一日で色々あった。
立花 創英の事は今思い出してもぞっとする。
控え室に行った時からなぜかずっと視線が身体に絡まるように見られていたんだ。
そういえば名刺を渡されたんだった、とポケットに入れていた名刺を出してみた。
「…あの男の名刺?」
三塚が運転しながらちらっと凪の手元を見た。
「そう…」
「…電話…する?」
「しない!できるなら…もう会いたくない位だ…」
人に対して人見知りがあるにしてもどうにも凪は立花 創英は好きになれそうにない。
「…何か言われた…?」
「……惹かれるって…でも、違う。あいつの目は怖くて嫌だった…」
「……震えてましたよね?…俺は自分が出歯亀かと思いましたけど」
「違う!…本当に…助かった…と思った…」
「よかった…。凪はアイツに連絡先渡してない?」
「…ない」
…どうしよう…?立花の執拗な視線がまだ絡んでいるような気がしてならない。立花に触れられた肩から悪寒が湧いてきそうな気さえしてくる。ふる、と震えて自分の身体を抱きしめた。
「…凪?寒い?」
「……そうじゃない…んだけど…」
どうしてこんなに不安なのだろうか?今の今まで三塚の友達の店では楽しい時間だったのに…。
ああ…家に帰って一人になるから…だろうか?
三塚は凪を降ろしたらすぐ帰ってしまうのだろうか?…いて欲しい、と願うのは間違っているだろうか…?
「凪」
「あ…な、何?」
「………本気…少しは信じてもらえますか?」
三塚が信号で車を停めるとじっと凪の顔を見ながら静かに言った。
声が…真剣でどきどきしてくる。息も苦しい。
「あそこは…俺の逃げ場所なんです」
「…逃げ場所…?」
「そう。俺が凹んでる時、何かを忘れたい時、逃げたい時、…あいつはいっつもなんも言わないでただいるだけですけどね」
「………いいな」
羨ましいと思う。
「ホント腐れ縁で職種まで似たようなもんになっちまったし。家族みたいな感覚。たまに兄貴で弟みたいな…」
「…弟じゃない!って言われそう…」
「言うでしょ」
くすっと笑ってしまう。
「キモい!って言われる。…けど感覚的にそんな感じ。…あそこのデザート俺がプロデュースしてるの知ってるのも親父と妹だけだ」
「え?…そう…?」
「そう」
信号が青になって三塚が車のアクセルを踏むとクン、と進む。
……どうしよう…。
凪は口元を押さえて顔を俯けた。だって…嬉しい、とか思ってしまった。
凪が思っていたよりずっと三塚にとってあの友達の店は、友達は大事な存在らしい。そんな所に凪を連れて行って普通に紹介とか…。凪はデザートが三塚の作る物と似ていると気付いたけど確信していたわけじゃない。まさか、と一蹴されればおしまいなのにその秘密を、家族しか知らないという秘密を普通に教えてくれた。
それがすごく特別な事に思えてくる。
「なぁ…あのお店で…僕がピアノを弾くの…三塚は嫌なのか?…正直に言ってくれていい…三塚が嫌なら…」
「嫌なわけないでしょ!俺の隠れ家で凪が…弾いてくれるなら俺は感動してチビります」
チビるって…ぷっとふきだしてしまう。
「大袈裟な」
「まぁチビるのは嘘ですけど…泣きそうにはなっちゃうかもね…だって特別が二つですよ?」
お店と自分、…の事だろうか…?
「さらに俺の為に弾いたとか言われちゃったら…」
「そんな事は一言も言わないから大丈夫だ」
「……冷たいな」
三塚も笑っている。
あ……。さっき凪が不安に思っていたからだろうか…?わざと笑うような事を三塚は言って…。
どうしよう…?もうこんなに凪の中では三塚を頼っているじゃないか。安心しているじゃないか…。
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