凪にとってはただの習慣なような気もするのだが。
「凪はピアノを好きだと思った事ない?」
「…ない、と思う」
「……自分で分かってないだけでしょ?俺の事好きも分かってなかったし?」
「………い、言ってない…」
「でも声好きでしょ?匂いも?あと何でしたっけ?顔?…優しいとこ?…俺本当はそんな優しくないですけど。凪には特別優しくしますよ」
「………」
「そこは置いといて、ピアノの事。好きじゃなきゃあんな音出せないでしょ」
「…あんな音?」
「そう。大事に大事にと…。大切そうに…綺麗で澄んだ音です」
凪は三塚の顔をじっと見た。
「一番初めに来た時も言いましたけど、俺のは自分で自己満足でオナニーしてる音。凪のは違う。聴いてる人の心を綺麗にするような音だ」
またオナニー言ってるし…。
でも三塚の言いたい事は分かる気がする。
「僕の…は…その自分で…自己満足の…音になってない?」
「なってないでしょ。なんて言ったらいいかな…演奏にも種類があると思うんです。こう、魂を揺さぶられるようなぞくぞくした演奏と心を浄化させるような…ああ、癒し系ってやつ。凪は間違いなく癒し系でしょう。ぞくぞくとはこないかもしれない。けどじわじわと沁みてくる。ここにね」
三塚が自分の胸をとんとんと触る。
「凪のカンパネラが聴いてみたいな」
「カンパネラ…しばらく弾いてないな…」
「そう?すっごい繊細な音するんだろうな…とか思ったんですけど。俺弾くとガチャガチャですよ。今はもうガチャガチャでも指動かないから弾けないけど」
「少し練習すれば弾けるだろう」
「いや、弾くだけならね!子供ン時は気付かなかった事が今になって気付くのが面白くて」
「三塚のノクターンには驚いた」
「ああ、凪の演奏を聴いた後の?」
「そう」
「だってねぇ~…凪の聴いたらそりゃいくら俺でも考えますって。オナニーじゃいかんでしょ?」
「………その表現の仕方やめろよ」
「そんな恥かしがらなくたって」
ぷぷっと三塚が笑っている。
「でも合ってるでしょ?」
間違ってるとも言えなくて凪も黙ってしまうと三塚がくくっと笑っている。
「普通に自己満足でいいだろうが」
「だって自己満足でイっちゃってるでしょ。コンクールとかでもそういうやつけっこういたでしょ」
「まぁ…な」
「俺もその部類だったんだけど。だからコンクールでもいいとこもいかなかったんでしょうけどね。聴いて聴いて、俺上手いでしょ?って感じでいい気ぶっこいてたから」
ぷっと凪が笑ってしまう。
「いるな。そういうやつ」
「…すみませんね。そういうヤツで。今は大人になって挫折も味わったんでそこまでなってないと思いますけど?」
「なってないよ」
くすくすと小さい頃の三塚の音が手に取るように分かってしまって笑ってしまう。子供頃から自信家だったのだろう。
「…ありがとう…」
「うん?」
「ちょっと前にね。ピアノが好きかどうか、って考えた事もあった。僕にはなにもなくて…ピアノしかなくて。それは今もだけど。好きか嫌いか二択だったら好きだろうけど、ただ単に好きかと問われれば微妙で」
「でも好きじゃなきゃ出来ませんよ」
「…そうだな…」
単純だ。確かに。好きじゃなかったらやめればよかったのにやめる事もしなかったし、音大時代だって誰かに負けるのも嫌だった位だ。
人は裏切ってもピアノは裏切らない、そう思っていたけど、そうじゃないのかも…。
三塚に対しても…。
色々あれこれと自分に言い訳したりしていたけど…。
「三塚」
「なんです…?」
三塚が凪の頭や耳にキスするのがくすぐったい。
三塚にこうされるのが好きだ。
「好き、だ…」
…と思う、とつけたくなるけど我慢する。そこで自分を作ってしまうからダメなんだ。
「凪…俺も好きですよ。大事にします。世話もします。それに裏切る事は絶対にしない。約束します」
凪の弱い心を知っての三塚の言葉にぎゅっと抱きついた。
「…信じていい…?信じたい…」
「信じていいです。だから俺も今日あそこに連れて行ったんです」
「……うん」
そうだ…。三塚の中に入れてもらったんだ…。今までずっと凪の中にばかり入ってきていた三塚だったけど、今日は三塚の中に入れてもらえたんだ…。
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