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熱視線 熱情~パッション~2

 今日はバッハのインヴェンションとシンフォニアだ。
 短いので全部弾くみたいだ。
 明羅の頭にも楽譜が浮かぶ。
 同じ楽譜。同じ音。
 なのになんでこんなに違うのだろうか。
 トリルの弾き方が違う。
 普通だったら違和感に感じるはずが怜が弾けばそれが正解のように思えてくる。
 どれだけ心酔してしまっているのだろう。
 明羅は自分で自分が恐くなるほどだった。

 そしてソナタはベートーベンの熱情だ。
 激しいのが聴きたいと言ったからだろうか。
 響く低音。
 明羅の身体を音が駆け抜けていくとぞくぞくとまた背中が戦慄く。
 こんなの毎日聴いていたら凹むだけだ。
 それでも聴きたい。
 人前で弾く出来じゃないというけれど明羅はこれの足元にもおよばないのだ。
 作曲者が変われば怜のタッチもかわる。
 変幻自在。
 明羅はただ圧巻の音に満ちた空間に溺れそうになる。
 息がしづらい。
 曲が終わるたびに明羅も息を吐き出す。
 どれも有名曲で楽譜も分かるし、弾いた事もある。
 明羅の頭に鍵盤が浮かぶ。
 音も明羅の欲しい音。
 でも弾いているのは二階堂 怜なのだ。

 ラフマニ…。
 さらに音の深みは増した。
 激しく。でも流れるように。
 うわぁ……。明羅は自分の粟立つ肌に腕を抱きしめた。
 これもコンサートでは弾いていない曲だ。
 凄い!
 コンサートで弾いたプロコフィエフもよかったけどラフマニノフもいい。
 明羅は目を閉じた。
 楽譜と音を追っていく。
 そう小さく小さく、囁くように…。
 大音声。
 複雑な和音。
 ああ、どれもが明羅の目指した音。そして到底出せなかった音。
 欲しい。この人が欲しい。
 明羅は静かに涙が流れた。

 「明羅!?」
 ラフマニノフを弾き終えると怜が慌てたように明羅に寄ってきた。
 「どうした?」
 「……何が?もう練習終わり…?」
 「…いや、まだだが…」
 怜が明羅の顔に手を伸ばしてきた。
 「え?あ、泣いてた…?全然気付いてなかった」
 明羅はティッシュを渡されて急いで拭いた。
 「ごめん…。なんでもない。感動しただけ…。感動して涙出たのも初めてだけど」
 慌てながら明羅は早口で告げる。
 怜は明羅の言葉を聞いて照れたように鼻を掻く。

 「…困ったな」
 「え?」
 「まさかそんな反応とは…今のはおまえの為だけのものだ」
 ぶわっと明羅の身体にまた鳥肌が起きる。
 今のが俺の…?
 どうしよう…。
 明羅は落ち着かなくなる。
 「今の…俺だけ…?」
 「そのつもりだ…って、また…」
 明羅の目からまた涙が零れた。
 怜の太い指が明羅の涙を拭った。
 「泣くな」
 無理だ。
 明羅の欲しい音が自分の物。
 自分で奏でる事の出来ない音が…。
 明羅は怜のTシャツを掴んだ。
 「ありがとう…嬉しい」
 「ぅ……あ、あ……」
 「どうしたら、伝わる…?」
 「いや、分かった、から」
 怜はどこか落ち着きがない。
 「あとはゆっくりの曲にするから…」
 「え?いいのに…」
 「いや、…その方がいい…」
 「?」
 怜はピアノに戻ってゆっくりとイージーリスニングのような曲を弾いた。
 これはこれでいいけど、やっぱり鳥肌が立つような演奏がいい。
 それでも明羅はゆっくりと時間を過ごした。
 え?
 その中の1曲に明羅は身体を揺らした。

 どうしてコレ?
 しかも明羅が本当はそうしたかったと思っていた箇所にアレンジしてある。
 なんで?どうして?
 明羅はどきどきと心臓が大きく鳴っていた。
 これは明羅が作曲した曲である番組で使われている曲だ。
 どうしてコレ…?
 選曲の理由を聞きたかった。
 でもそれだけを聞いたらおかしな話で。
 どうしよう、とただ動揺して明羅は落ち着かなくなっていた。
 
 そう思っているうちにそれを通り過ぎて大きく明羅は息を吐き出した。
 動揺はまだ明羅を包んでいて、聞きたくてうずうずしてしまう。でもやっぱり恐くてそれは口に出来ないだろう。
 落ち着くような曲が続いて明羅は怜に感謝した。
 確かにゆっくりの曲でよかったのかもしれないと納得した。
 たった一つの音にも広がりがある。
 二階堂 怜の演奏は全部がそうだった。
 たった一つの音。
 それだけなのにそこに意味がある、と思わせる弾き方。
 そこに物語が広がる。
 そんな弾き方だった。
 

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