買い物もしていきましょう、と三塚がスーパーに寄って一緒に買い物。
いつも行く近所のではなく、途中のもう少し大きい所に寄って買い物を済ませた。
男二人であれこれ買い物っておかしくないのかな…?と思わなくもないけれど、三塚は気にした風でもなく普通だ。凪はそもそも誰かと一緒という事事態に慣れていないからかどうにも落ち着かない気がするのだが…。
「凪、コースのデザートですけど、一種類ぎっちりと何種類か少しずつどっちがいいですか?」
「……それ、僕に聞くの間違ってる。どっちも捨てがたい…」
真面目な顔で凪が答えると三塚がくっと笑った。
「あと一ヶ月後というともう本格的に夏ですよね…アイスとケーキ…がいいかな。ザッハトルテにしようかと思ってたんですが。大人の味の濃いめで甘さを控えて苦味を強めに。店では老若男女誰でも食べられるようにしてますけど、クラシックを聴きに来るお客さんなら大人限定でしょうからね。ディナーだし。そこに甘いアイス。バニラがいいか味つけたほうがいいか…バニラじゃ普通な気もするし…」
濃いザッハトルテにアイス…おいしそう…。
「ハチミツか、メイプルシロップかけるとかは?ザッハトルテが苦めなら甘くなっても僕はいいけど…」
「ですね。アイスも濃厚がいい?」
こくりと凪が頷くと三塚がやっぱり笑う。
「ザッハトルテは凪んちで作るの無理ですが…アイス位なら…凪食べる分作っておきます?」
こくん!と凪が大きく頷けば三塚が口を押さえて笑っている。
「…材料買っていきましょう」
家でアイス作って食べる!すごい!…と思わず三塚を尊敬の目で見れば三塚はずっと肩を揺らして笑っている。
買い物を終えて凪の家へ帰ると、三塚はアイスの仕込みを先にするという。なにやら行程があるらしい。凪はピアノの練習しててと追い出された。
すっかり三塚のいる生活が当たり前になっているけどいいのだろうか…?そう思いながらもピアノに向かう。
ハノンにツェルニー。三塚がいる時は曲の練習はしない。本番で聴いて欲しいから…。
この間のコンサートの時のような反応をしてもらえたのが凪にしてみればとても嬉しい事で、普段から聴いていたら半減してしまうんじゃないか、と変な心配をしてしまう。どうしても人を感動させるような音を紡ぎだす自信を凪は持っていないので色々を気を回してしまうのだ。
弾くのが好きなのだろうか?三塚の作るケーキが好きだ、とは言い切れるけれどやはりピアノに対してそう言い切れる事は出来ない。ずっとそこを考えている気がする。仕事と言われればそれだけ、な気もするんだ。
失敗は怖い。だから練習する。コンサートで弾く曲全部を一音も間違わずに全部を出し切って弾くなんてその日の体調や気持ちなどによっても違いはでてしまう。いつでも同じ演奏が出来る訳でもない。だからこそ練習が必須なんだ。波を作らないように。
でもそれで感動する音が出せるかと言ったらそうじゃないし…。難しい事だらけだ。解釈だってその通り。弾き方だって変わったりする。数学のようにこれが正解、というのが一つじゃないから。だから難しくて、そして向かって行くのだと思う。その場限り、たった一度のその時にしか出せない音だからだ。
好きというより重圧を感じる、が正解だろうか?嫌いじゃない。嫌いじゃないけど…すでに母親はいないのにいつでも背中に重く圧し掛かっている気がしてならない。
小さい頃から言われて来たピアニストになるのよ、という言葉が常に凪を支配している気がしてならいんだ。凪の今のピアニストとしている自分も講師としている自分も母に決められていた事だった。言われた通りにしてきて、ピアノ以外何も出来ない自分はこうして今ここにいる。
三塚は音大を諦め自分で道を選んでパティシエになり、そしてまたピアノが弾きたいとここに来た。
自分で選択して…。
じゃあ凪は?ピアニストに名を連ねるのもコンサートするのも…自分で選んできたのだろうか…?決められていて選択はなかったのに…?決
められて勝手になれるものかといったらそうじゃないのは分かっている。なりたくても挫折…三塚みたいに…な人も多いのも分かっている。自分が贅沢だという事も分かっている。音大を卒業したってただそれだけの者も多いんだ。だけど、凪が自ら望んで、とは言い切れない。それでもピアニストで人に聴かせる演奏をしなければならない。それが嫌だとも思った事はないが…だってそれしか凪にはないのだ。
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