凪のピアノはハノンからツェルニーになった。
基礎練習が大切な事は絋士だって分かっている。ストイックに凪は黙々と基礎練習を繰り返す。それを思うとやはり自分は音大行かなくて正解だったんだ、と納得してしまう。あんなに弾けても日々基礎練習…さして弾いても面白くもないのに。…そんな事思う位なんだから趣味でいいんだ。
曲弾いていい気になっておいしいとこ取りな感じでそれで絋士は満足なんだ。
そのハノンとツェルニーでさえ絋士のとは音が全然違う。それなのに凪の音には奢った所がない。いつも繊細で綺麗だ。絋士なんか自分で練習しててもイけてると思うと調子こきたくなるのに凪はいつでもストイックだ。音にも性格が出るんだろうなと苦笑してしまう。
凪自身が純粋で綺麗だから音もそうなるんだろう。煩悩まみれでせっかちな自分はだから落ち着きないがちゃがちゃした音になるのだろう。
甘いもの大好きな凪の為のアイスの仕込みを終えてレッスン室に向かった。
「もういいのか?」
「OKです」
そこから1時間みっしりレッスン。別に絋士は人前で弾くわけでもなんでもないのにそれでも凪は妥協せずきちんと教えてくれる。真面目なんだと思う。適当な自分なんかとは全然違う。
綺麗で華やかな職種だろうに凪は謙虚で…恥かしがりやだ。そのくせバスから可愛くバイバイとか手振ったりするんだ。あの時は本当に悶え死にそうになった…。
ケーキ食べた時の子供の様に頬っぺた赤くして幸せそうな顔するのも毎回可愛すぎて困る。そのくせツンとしたり、かと思うと不器用に甘えてきたり。すっかり振り回されているけど、それでもそれが楽しくて。
…そして忍耐を鍛えられていくんだ。
しばらくしないと断言され怖くて手が出せないとか…野田に言ったら絶対高笑いされるに決まっている。
レッスンの時も真面目で私情なんか全然入ってこない。もうちょっと近づいて手取り足取りしたっていいのに…とか思ってるなんて言ったら怒られそうだ。
レッスンを終えて冷凍庫に入れたアイスをかき混ぜる。
さっき車の中で凪が言った言葉に突っ込みたい所なのだが我慢だ。
しばらくしないと言われて我慢してたけど…いいのか?凪も少しは待ってくれていた?突き詰めて聞きたいけど我慢!
先にちゃんと凪にご飯食べさせて後でゆっくりだ!
それにアイスも楽しみにしているらしく絋士がしていることを興味深そうに確かめに来る。そしてすごいなぁ、と言わんばかりの目でじっと見られると抱きしめたくて仕方なくなって、でもそれをしちゃうと我慢出来そうになくなりそうでひたすら我慢だ。
我慢なんてした事もなかったのに、凪に関してならいくらでも効く。自分の中で本当に凪が特別の所にいる。なんでも凪のいいようにしてやりたくて…。育った環境なんかの事を思ってもそうだ。多分凪の家は普通の親の愛情とはどうやら違っているらしい。それできっと色々な事に不器用なのだろうと思う。そして臆病になっているのだとも思う。そんな凪の全部が愛おしい…。
好きとかこんな感情が自分の中にあったなんて驚きだ。なんでもほどほどにこなして来た自分だが…全部を凪に捧げてもいい。コンサートの時の凪を見てそれ位の衝撃の気持ちが生まれた。そしてそれはさらにもっと大きくなっていると思う。大事にしたくて絋士自身も臆病になっていたんだ。
もし凪が…本当はいい、と思ってくれているならこんな必死に我慢しないのに…。でも滅茶苦茶にしてしまいそうで怖くもあるが…。
絋士の声に反応して震える凪が可愛い。キスの後に照れくさそうにする所も、なんだかんだいって凪も絋士を頼ってきているような所ももうどうしようもなく…食べてしまいたいという衝動が湧いてくる。全部…。
付き合った人はいてもこんな衝動なんてなかったものだから絋士にとっても新鮮でそして戸惑ってしまう。欲望のまま突き進んで嫌われたら目も当てられない。
凪が好意をもってくれて、感謝してくれて、かっこいい、好きと思ってくれるような事をしたいんだ。飽きられたくないし、求められたい。凪が欲しいと思ってくれないと意味がない。自分だけが好きだけじゃどうしようもないんだ。
付き合った今までの女の気持ちが初めて分かった。相手から求められないというのは虚しい事なのだと…。でも今までは絋士は誰にもそうだった。やはり凪だけにしかこんな気持ちは向かないと思う。
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