三塚に言われた言葉の翌日、本当になにか憑き物でも落ちたように凪の心が軽くなった。そして音も…。あんなに自信がなかった自分の奏でる曲が気持ちよく弾けるようになった。弾き込めば弾き込むほど曲が見えてくる。
こう弾きたい…と自分の表現したい音が出てくる。
どうしたんだろう…?
でもいい事なはず。第一自分が弾いていて気持ちいいんだ。
上機嫌で生徒のレッスンを終え、急いでレッスン室を出た。
「三塚!」
キッチンにいた三塚に抱きつきに行く。
「どうしたんです?」
驚きながらも三塚は腕を凪の腰に回して抱きとめた。
「ありがとう」
「何が?」
「なんでもない!」
「そう?あ、凪チラシできました。見て。野田は凪の顔写真も入れようとか言ってましたが!却下です」
「え?別にいいのに」
「ダメ!本当はコンサートでも顔も出さないで欲しい位なのに!…今更だって分かってますけどね!すでにもう予約も入ってるらしいです」
「よかった…。企画して僕も受けたけど誰も入らなかったら申し訳ないとこだ…」
「ないでしょ!もう謙遜ばっかなんだから…。それにしても凪…食欲落ちたりとかない?」
「ない。………不思議なんだけど…」
「よかった」
ちょんと三塚がキスしてきて凪はどきりとしてしまう。些細なこんなキスも嬉しいとか思ってると三塚がくすりと笑った。
「俺…凪の役立ってます?」
「そんな!役に立ってるとかそんな問題じゃなくて…多分もう三塚がいないと…ダメかも…」
全部が頼りきってしまっている。
食事の事だけじゃない。ちょっとした嬉しい事とか聞いて欲しいことでも三塚はちゃんと聞いてくれる。ほとんど家から出る事なく生徒とせいぜい生徒の親御さん位としか話もしないのだ。三塚が来なければ人を好きになる事もなかったはず。
こんなに一人を自分から求めるようになるなんて…。
「俺がいないとダメ?うん、是非是非!そうなってください」
三塚がにこにこと笑顔でご機嫌よさそうに凪の耳元に囁いた。
この声に…一番初めから惹かれたんだ。
「三塚…」
三塚がキスするのを凪も受ける。もう幾度となく交わされたキスだ。自分の求める人とのキスも気持ちいいなんて三塚が相手で初めて分かった事だった。
「凪、用意はいい?行きますよ」
「ああ」
今日は燕尾服ではなくスーツ。用意を終え、そして三塚の車に乗り込んだ。三塚は客席に座らなくていい、と普通の格好。予約がいっぱいだし、凪も弾いた後にお客さんの前で一緒に食事とかはしたくなくて、裏の厨房の端でいいと言ったので、三塚も勿論それに付き合う、と。
不思議と凪は落ち着いたままだ。人前で弾くのに緊張はあっても今までのように切羽詰って後がない感じとは大きく心情が異なっていた。
「……大丈夫そうですね。顔色もいいし」
「…ああ。三塚のおかげだ…全部」
「任せてください。凪の全部の面倒みる覚悟ですから。凪の…支えになりたいと言いましたが…なってる…?」
「なってる」
「…どうしよう…?俺、凪のマネージャー兼お手伝いさんにでもなろうかな…?」
ぷっと凪は笑ってしまう。
「僕だけのパティシエ?」
「そう。最近妹もケーキ作る方に立ってるんで店では俺いらない感じなんですよね」
「勿体無い!」
「ウチのは俺の作ったのもありますが、多くは親父のレシピだしね」
「そうなのか?」
「そう。昔から来てくれるお客さんに慣れ親しんだ味、みたいな。まぁ、凪が喜んでくれるならどうでもいいですけど」
「三塚の作ってくれるものはなんでもおいしいと思う…。料理もそうだし…」
「やっぱ俺、凪の付き人にでもなろうか…凪の演奏活動全部についていって全部管理してあげます。勿論、欲求不満の解消もね」
「………!」
何を言うのか!
かっと凪が顔を赤らめると三塚がくすっと笑って凪の頭を寄せると素早くキスした。
「俺にしか出来ないでしょ?」
「……そうだ、よ!」
凪が頷くと三塚が笑っている。
「今日も、帰ったら、ね?一応昨夜は遠慮していたので」
「べ、別に…」
「いや、だって疲れさせちゃったらマズイですもんね。ちゃんと凪が万全になれるようにしないと。普段は我慢出来なくイタしてしまう時もありますけど、人前での演奏の時はね。気をつけないとね!なので今日は心置きなく帰ってから凪いただきますんで」
よろしく、とにこりと笑顔を見せられてなんと答えたらいいのか…。
嫌では勿論ないけど、いいとも、と返事するのもちょっと恥ずかしすぎるだろう…。
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