愛の夢…三塚の友達の奥さんが好きだと言っていた。ロマンチックに…。
ふっと客席を見渡した。老夫婦で来てる人、女性同士で来てる人、男性同士も珍しくいる。ピアノが好きなのだろうか?
愛なんて…凪は何とも思った事などなかったけれど…今ならいくらか分かる気がする。
母親に愛された…という実感はない。自分は母親の身代わり人形だったと思う。それでも…今こうしてここにいるんだ。
傍には支えると言ってくれる人がいる。
それがどんなに幸せな事かなんて初めて知った。キスだって肌を合わせるのだって恥かしいけど幸せなんだ。
そしてその人が聴きたいと言ったカンパネラ。
いちども三塚の前で曲を弾いてはいなかったけど、どう思ってくれるだろうか?
どきどきしながらも鍵盤に指を置く。
凪の額にはじとりと汗が出ている。
鐘の音が鳴るように繊細に綺麗に。指は動いている。音も綺麗に入っている。
そしてなにより弾いていて気持ちいい…。
誰がどう思うかじゃなくて自分が弾いていてこんなに心地いいなんて。いつもいつも気負ってばかりいたのに。
…三塚のおかげだ。三塚の為にも、ここにわざわざ聴きに来てくれている人の為にも…。
心をこめて…。
そして怒涛のラストに最後の和音。
鍵盤からそっと手を離し、膝に乗せふぅと溜息を吐き出した。
…それなのにお客さんの反応がない。
自分は気持ちよく弾けたんだけど、聴いててよくなかったのかな?と凪は不安がよぎり近くの席のお客さんを見たら泣いていた。
「…え?」
小さく声を出して回りをそっと眺めて確かめる目尻を押さえる人がいたり、目を潤ませている人が多くてきょとんとしてしまう。
どうかしたんだろうか…?
するとぱんぱん、と拍手が出たと思ったらあっという間に店全体が拍手で包まれてほっとしてしまう。
椅子から降りてピアノの前で一礼するとそそくさと三塚のいる陰に引っ込んだ。
「どう……」
どうだった?と三塚に確認したかったのに三塚は凪が傍に行ったら無言で凪を抱きしめてぎゅうぎゅうに締め付けてきた。
「……苦しいぞ」
それでも何も言わずに凪を抱きしめている。
するとアンコールの声が出始めた。
「やばい…アンコールなんて用意してないぞ…?」
「ノクターンの遺作を…」
三塚の声が耳に響いた。
この間のコンサートでも弾いた曲だからそりゃ弾けるが…。
「…分かった」
そっと三塚の手が離れ凪はピアノの前に戻る。
コンサートでほんの少し前に弾いたばかりだ。でも…どうしてだろう?技術的に難しい曲じゃない。でも凪の中で何かが変わった。音が大事だ。たった一つの音でも…。前もちゃんとそう思っていたはずなのに、思っていただけで心からではなかったのだろうか?
弾き始めるとざわざわしていた会場はしんと静まり返り、凪のピアノの音色だけが響く。
集中して聴いてもらえているのが分かる。
一つの音も逃さないようにと…。それが素直に嬉しい。
ここにいる人にありがとうと、聴いてくれてありがとうと、感謝を込めながら短い曲を終える。
そしてまた大きな拍手。
コンサートだってコンクールだって拍手は貰ったけれどこんなに心の籠もった拍手は初めてだった。
「三塚」
弾き終え、自分も満足して三塚の傍に駆け寄った。
「凪…音が変わった…」
「うん……だと思う」
「すごく……いい……」
「…ありがとう」
三塚が労るように凪の手を取り指を摩った。
「初めて…弾いた後の満足感が…ある…かも」
「そう?…この間はそんな余裕もなく倒れちゃいましたからね」
それだけじゃないんだけど…。
でもいい。自分で自分に満足なんて初めてだった。
「…三塚のおかげだ。全部……。ありがとう」
「俺?んなわけないでしょ。凪の努力の結果です」
それだけじゃない。ピアノなんて努力だけでどうにもならないものだ。ある程度までは努力でもあとは違う。それでも、今凪の出来る事全部が詰め込まれた出来栄えだったはず。
「…凪…帰りたいです…」
「え…?僕は三塚の…その…食事のデザートが食べたい」
「………そこですか…」
「だって!今日しか!ここでしか出されないんだろ!?そんなの逃したくない」
「………仕方ないですね。凪の為ならいくらでも作ってやるのに」
「今日、今、ここで食べたいんだ」
凪が三塚の友達の店で弾いて、同じ時に三塚のデザートが出るんだ。そんなのも特別な時間だ。
「じゃあ大人しくしてます。帰ってからね…」
「…ん」
陰に用意してもらった席に座り三塚と顔を合わせて笑みを浮べた。
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