三塚みたいな男が自分みたいなものを欲しいと思ってくれる事がまだ信じられない。でも随所に三塚が凪を大事にしてくれるのは分かる。
大学の時ほんの少しだけ付き合った相手を思い出してしまった。
好きだと言われて初めて他人から向けられた好意に凪は頷いたんだった。浮かれたんだと思う。母親から離れ、そして友人も出来てさらに付き合うなんて、と。
相手は男だったけれど、最初は戸惑ったけれど、今までだって特に男女関係なく自分が惹かれた人もいなかったし、人からそんな事を言われて自分が特別に想われているという状況に酔っていたのかもしれない。
「凪…?何考えてるんです…?」
貪っていた唇を離し三塚が濡れた凪の唇を指で拭いながら聞いて来た。
「初めて付き合ったヤツの事」
凪が答えると三塚が眉間に溝を深く刻んだ。
「俺がキスしてるのにそんな事考えてたんだ?」
「ああ…だって……全然違うから…」
凪は自分から三塚の首に腕を絡めた。
三塚のキスは気持ちいい…。
「比べてたんだ?」
「そうじゃない…比べようがないから」
「……キスはした…んですよね…?」
「一応。でも…」
凪は首を小さく横に振った。
「…嫌だった…自分は潔癖症なのかと思ってたけど、そうじゃなかったんだ…。好きでもなんでもないから…だから嫌だったんだ…」
「俺にされるのは…いいんだ?」
「…いい…」
むしろされたい…。
手も指も声もどこもかしこも三塚にされるのに拒絶はない。…恥かしい、はあるけど。
自分だって男だ。でも女性としたいと思った事もなかったし、男にされたいと望んだわけでもないのに三塚にされるのは自分から待っているんだ。
三塚がもう一度キスしてこようとしたのを凪は手で止めた。
「なんで?嫌?」
「ちが…嫌じゃない。……風呂…いれないと…」
止まらなくなりそうだった。自分から望んでしまいそうだった。
人前で弾いた後で、自分でもはじめての納得した演奏だったからだろうか少々神経が昂ぶっているのかもしれない。
「風呂なんて後でも…」
「いやだ」
だって…少しでも綺麗にしないと…。女じゃないんだし…。元々そういう器官じゃないんだから…。
「…潔癖は少しはあるかな?」
くすりと三塚に笑われて少しだけ顔が赤くなる。
「凪はどこも綺麗なのに…」
「そんな事はない」
そろりと三塚の腕から逃れ風呂のボタンを押しに行った。
「あ、そういえば…CD!こっち」
「ん?今日来た?二階堂 怜の?」
「そう。お前聴いた事ない?あ、でもCMとかでも使われていたからあるとは思うけど…クラシックでは異例のヒット飛ばしてる。作曲が僕と話してた桐生 明羅だ」
三塚を連れてリビングに行きCDをセットする。
「ああ…聴いた事ありますね」
「だろう…?僕はコンサートに行った事あるんだが…ぞくぞく来る。弾く曲全部がだ。あれが天才なんだと思う…僕なんかとは全然違う…」
「そう…?俺からしたら凪だって天才の域ですけどね。弾くタイプは全然違いますね。タッチも音も」
CDに耳を傾ける三塚を凪は心配そうに見つめた。
「…なに?」
その凪の頬をそっと三塚が撫でる。
「これはCDだけど…実際の演奏聴いたらぞくぞくする…」
「…うん。…で?」
「……………」
そうしたら凪の演奏なんて翳んでしまう。きっと。
そんな事言えなくて顔を俯けると三塚がくすりと笑った。
「今日のカンパネラ…不覚にも泣いてました。…まぁ、俺だけじゃなかったみたいですけど」
「そう…あれはどうしたんだろう?」
「どう…って」
はぁ、と三塚が溜息を吐き出して笑い出した。
「凪の演奏があまりにも綺麗すぎて…感動してですよ。繊細な音、透明感のある小さい音。心に綺麗な水滴が落ちるように沁みて心の穢れを浄化するように響いて来たから。…ぞくぞくとは来ない。けれどじんと沁みる…前も言ったでしょ?それが今日はさらに際立っていた。音に包まれているように…自分の過ちを全部許してくれるように…そんな感じ…かな…」
「そ…んな……」
「一つ一つに凪の想いが詰まっていた。苦しい事も嬉しい事も…全部ね。それが解放されたように俺は感じた。他の人はどう感じたか知りませんけど」
「………解放……そうかも…三塚のおかげだ…全部…」
「そんな事ないでしょ」
あるのに!
「それと凪が気にしてるの…うーん、そうだな…凪はケーキ好きでしょ?」
「…?好きだけど?」
「それは俺のだけじゃなくたって好きでしょ?」
「まぁ…うん…」
「俺もそれと同じなんだけどな?ピアノ好きですよ。聴くのもね。すごい演奏を聴いたら感動するだろうし、好きなピアニストもできるかも。でも凪が俺の作ったケーキが特別なように俺は凪の演奏するピアノが特別って事です」
あ…。
「分かった?」
凪は小さく頷いて立ったままだった三塚の胸に縋った。
※大人バージョン明羅をみらいさんが描いて下さいました~(><)
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