バイトが休みの1月も終わりの金曜日、宗の学校が終わってから宗に近くのマンションに連れて来られた。
バイトは辞める事になっていた。宗がもっと割のいい仕事を紹介するからと言われたんだけど、一体何なのかは説明がない。
それで連れて来られたのがマンション。
「何?ここ…?」
いきなりアパートの近くの立派なマンション。
宗は何も言わないで瑞希を連れ、一番奥のエレベーターに向かう。
キーを出してエレベーターの中に差し込むのに何してんだろう?と瑞希は首を捻る。
直通で部屋か階に行くんだろうけど、そこに何があるのか?
宗の後ろから黙ってついて行く。
背が高くて広い背中はどうしたって高校生じゃない。
一回アパートに帰って来て着替えてるので私服だった。
ただのジーンズ姿なんだけどその格好はどう見ても普通の高校生とは違って見える。
エレベーターが止まり、宗が下りるので瑞希のそれに習った。
フロアにはドアが一つしかない。
宗が鍵を差し込んで開けた。
「おう」
声をかけて中に入る。
「お疲れ様です」
あ…、前に瑞希の部屋に来た人だ。
瑞希はその人を見た。
宗よりも年は上だろう。それこそ大人の男という感じだった。こうして見ると宗が若いのがよく分かる。
宗だって高校生に見えないくらい落ち着いて見えるけど、やっぱりどことなく違う。
「坂下だ。坂下、宇多 瑞希。4月から二階堂商事に就職が決まってる」
坂下と宗が呼んだ人は瑞希を見て目を見開き、そしてふっと表情を柔らかくした。
「それは…なるほど」
そしてくすっと笑ったのに瑞希は首を捻った。
なんで笑われる?
馬鹿にしたような感じではないけれど。
瑞希は坂下にぺこりと頭を下げた。
宗がブレーンだと言っていた人だ。
そしてきょろりと部屋を見渡した。
広い部屋にパソコンが何台も並んでいて、そこに株価、外貨などの画像が並んでいた。
「瑞希も覚えてね?」
「?」
覚えてね、と言われても、何を?
「とりあえず勝負勘を見るか。シュミレーションしたことは?」
「…ある」
大学でパソコンは自由に使えたので時間が空いていれば使っていた。
その時にも先立つものがあれば、と眺めていた。
宗がにっと笑った。
「これはゲーム感覚だけど…やってみて」
瑞希は一台のパソコンの前に座った。
画面に夢中になってはっとして周りを見渡すと宗は広いフロアの一角にパーテンションで仕切られたソファに座ってテレビを見てた。
映っていたのは海外で活躍する指揮者、桐生博だった。
瑞希でも知ってる名前。
音楽なんて別世界の話だ。
「宗?」
「あ?終わったか?」
CMで4月のコンサート情報が流れる。二階堂、と聞こえてきて思わず目が向いた。
二階堂ばっかりだ。
会社も、宗も。
宗がテレビを消した。
なんとなくテレビの二階堂の響きが残っていて、帰り道で気をつけていたらさっきのコンサートのチラシがあちこちで目に入った。
有名なピアニストなんだろうか?
聞いたことないな、と首を傾げる。
「仕事につかえそうだろ?」
「あ、…うん。ああいう、株とか、証券とかの仕事をしてみたかったんだ。いくつになっても勉強がいるだろう?」
「……真面目だな。俺なんて手っ取り早いから、が理由だぞ。もっとも年が足りないからまだ坂下がメインになっているけど」
宗が肩を竦ませた。
宗の言うとおり坂下という人が動いて取引しているけれど、それが表向きだという事は分かった。
「……会社、するの?」
「そ」
「………すごいね」
自分で会社起こすなんて考えた事もなかった。
「あっ!上に行くの忘れた…。まぁ、いつでもいいか」
「上?」
「そう。あの上にマンション買ったから」
「はい?」
「いつ引っ越す?」
「……………?」
瑞希は怪訝そうに宗を見た。
「何、言ってるの?」
「え?あそこの上にマンション買ったから、瑞希と暮らすのに。だからいつ引っ越す?と」
「…買った?」
「そう。だって瑞希あのアパートだと夜させてくれないから」
「そ、そういう、問題じゃなくて」
「いや、そういう問題だ。させてくれるなら瑞希のアパートでも別に俺はいいんだけど。声聞こえるからやだっていうし」
瑞希は宗の桁の違う考えに頭がくらりとよろめいた。
テーマ : 自作BL小説
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