家に着いてすぐにピアノに向かった。
初見だけど…。
三塚と顔を合わせてから鍵盤に指を置いた。三塚が凪のすぐ脇に立って譜捲りをしてくれる。
綺麗な曲だ。だけど綺麗なだけじゃない…。
弾き終えて凪は身震いした。
正直…怖い、と思った。
「…凪……コレ………」
三塚が口を押さえて絶句している。
「………怖い」
「………分かります…。凪の内面が…出る…。表の綺麗さだけじゃない…今までの凪の苦悩とか苦しみとか…でしょう?……ピエタ…マリアでもありキリストでもあり……かな…」
やっぱり…聴いている三塚もそう思う…?
「でも三塚は僕を知っているから…そう分かるのも分かる。でも桐生 明羅は僕の事を知りもしないし、この間のあれを…聴いただけなんだぞ…?」
「……すごいですね…」
すごいところの話じゃないだろう。
「お礼の電話…入れてもいいのかな…?」
「いいんじゃないですか?作った方からしたらやはり反応は気になるでしょうし」
「………緊張する…電話も好きじゃない…」
くっと三塚が笑っている。
「じゃあ、凪は電話して。俺は飯の用意の続きしてくるので。ああ、東京のコンサートの時にコレ弾いていいですか?ってちゃんと許可とって下さいよ?演目はリストでもアンコールでだったらいいでしょう。タイトル…凪、にしたい位ですけど」
「……そんなタイトル恥かしすぎるだろ」
「でも多分そういう事なんじゃないですか?…ピエタなんて…よくもまぁ…凪にぴったりの曲です」
「曲もらったなんて…初めてで…」
「…ちょっと俺としては面白くないな…凪の初めては俺が全部欲しい所ですが。…悲しいかな、音楽に関しては俺は素人に毛が生えた位なので無理だ…さ、凪はさっさと電話する。タイミング逃すと余計しづらくなりますからね」
「そうだな…」
はぁ、ともう一度楽譜を見て溜息を吐き出した。
「……俺としてもちょっと複雑です。凪が遠くなっていくようだ」
すると三塚も溜息を吐き出してそして苦笑する。
「なんで?」
「俺でも知っている位の人に認められたって事でしょう?」
「……たまたまに決まっている。それに言ったはずだ。それも三塚がいたからだ…以前の僕の演奏だったらコレはないと思う」
「そうかなぁ?…ま、いいや…凪がそう思ってくれているなら」
思っているだけじゃなくて実際にそうなのに!
「はい、凪は電話」
「…ん」
封筒から連絡先が書かれた紙を取り出しどきどきしながらかけてみる。楽譜と携帯を耳に当てたままレッスン室からリビングに移動した。
「もしもし…あの高比良と申しますが……あ!はい!」
電話に出たのはやはり桐生 明羅本人だった。
三塚は凪の電話を聞きながら料理の続きを再開している。
『ちゃんと届きました?』
「はい…あの…」
『あなたに。弾いてみましたか?どうでしょう?気に入っていただければいいのですが…』
「はい!さっそく弾かせていただきました…あの僕には勿体無い位で…」
『気に入っていただけたならいいです』
「あの!あれを…今度の東京でのコンサートでアンコールに使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
『勿論。是非じゃあ俺も聴きにいきます』
「あ!チケットお送りします。書かれていた住所で…?」
『はい。…いい、ですか?』
「あの!当然です!曲を…なんて…」
『怜さん以外で初めてです。こちらこそ許可も得ず勝手にイメージして…ですけど。気に入っていただけて弾いていただければ嬉しいです。指示はあえて書きません。怜さんにもいつもそうだから。あなたが感じたように弾いて下さい』
「あ!やっぱり…?あの…二階堂さんのファーストのCDも持っているし桐生さんのソナタを演奏された初めてのコンサートも行ってるんです。その時にCDと弾き方が違ってたから…」
『え!あ、ありがとうございます。そうなんだ…?』
「ええ!あ、そういえば遅くなりましたがこの間はお耳汚し失礼致しました。二階堂さんにも…まさかあんな所にいるなんて思わなくて…気付くのが遅れました」
『怜さんだって分かったんだ?』
くすくすと電話口で桐生 明羅が笑っていた。
「お帰りになった後に気付いて…青くなりましたけど」
『すごくよかった。だから書きたくなったんです』
初めての電話なのに話やすい。
『もし近くに来た時は寄ってください』
「ありがとうございます。是非。直接お会いしてお礼を…」
『お礼は演奏で。楽しみにしてますね』
……きっぱりと言われてやはり怖い、と凪は思った。下手な演奏などできない。書いてよかったと思われるような演奏をしないと。さらにまたプレッシャーがかかりそうだ。
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