はぁ、と電話を切って凪はソファに沈み込んだ。
「…緊張した?」
「した!……というか…やっぱり怖いよ。礼は演奏で…って言われた」
「………へたな演奏できませんね。でも凪なら大丈夫ですよ?あの曲は凪なんだから。凪が思ったように、感じたように弾けばそれでいいんです」
「…そう…かな…」
「そうですよ」
三塚に簡単に言われればそうかな、と思えてくるんだから不思議だ。
「あんまり考えないで。凪が感じたようにが一番ですよ?凪、難しく考えすぎはだめ」
「…う…」
「それで食欲なくなったなんて俺が許しませんよ?」
「…………なくなるというか食べられなくなるんだから仕方ない」
「考えすぎだからです。凪が思ったように気持ちよくです。そうすれば聞いている方にも伝わってきますから」
「……ああ…そうだな」
そうこの間の演奏でよく分かった。今までにない自分の満足巻はそれなんだ。
「色々弾いてみないと…指示がないから」
「…正解がないともいえるけど…どう弾いても正解でもあるでしょうね」
あ…そうか…。
なるほど、と三塚の一言に納得してしまう。どうしようじゃないのか…。正解を求めるんじゃないんだ…。
「…やっぱり…三塚がいてくれないと…僕一人だったらきっとどうしよう、どうしたらいいってずっとぐるぐるなってたと思う」
「そう?」
「そうだよ。今の一言ですごく気が楽になった」
「ん?どれが?」
「正解がないけど、どれも正解ってのが…」
「…芸術なんて人がどう感じるかですからね。絵だってなんだって100人見て100人がいい!ってなるはずないでしょう。好みがありますから。ただそれでもこの間も言ったけどいいものはやっぱりいいんです。感じられるところがあればね。泣くほど感じる人もいればそうじゃない人だって勿論いる。それでも凪はステージに立つ。……でしょう?」
「……それしか僕はできないから」
「ステージでの凪の曲を楽しみにしてます」
「……うん」
凪はもらったばかりの曲を眺めた。
自分の曲。素直に自分の音を聴いて書きたくなったと言われるのは嬉しい。それを本人の前で発表するとすれば勿論プレッシャーにはなるけれど、光栄だとも思う。
二階堂 怜のコンサートに行ったのは大学に入った年だった。確か桐生 明羅は高校生だったから一つ違いか…。圧倒的な音の洪水にピアニストとしてのあり方を見せられ打ちのめされたんだった。そしてああなりたいとも思ったんだ。
自分じゃ無理だと分かってもそれでも…。
……なりたい、と思ったんだった。そうだ…。なんだ…自分で選択してたじゃないか!
「三塚!」
凪はソファから立ち上がってキッチンで忙しく動いていた三塚の背中に抱きついた。
「どうしたんです?」
「僕はちゃんと自分でピアニストを選んでいた」
「…そうでしょう。じゃなきゃあんなステージになんか立てないと思いますよ?あんな倒れる寸前なのにアンコール弾かなきゃなんて行きません」
「…そうか」
「そう。あれで俺の全部を凪は取っていったんです。あの瞬間から俺は全部凪のものですから」
「…そう…なんだ…?」
「そうです」
「あ!そういえば言うの忘れてたけど、あの時緞帳下げたの三塚が言ったからって後から聞いたけど…」
「そうですよ。舞台袖まで戻って来れないだろうと思って。倒れる所なんてお客さんに見せられないでしょう?」
「ああ…ありがとう…」
あの時三塚が倒れ込む凪を焦った顔で抱きとめに来てくれたんだ。あの時は凪はまだ必死で自分を押し殺そうとしていたから…。三塚が近くに来るのが怖かった。自分の中に入ってくるのが…。それがあっという間に…。
ぎゅっと三塚の身体に回した腕に力をこめると三塚が手を洗って向きを変えた。
「正面のほうがいい…凪」
唇を軽く合わせる。
自分から甘えるように抱きついてしまったことに今更恥かしくなった。
「…ごめん」
「謝る事ないでしょ。もっとカモーンでいいですけど?」
「…しない」
…というかできない、と思うとくすりと三塚が笑った。
「はい、出来上がったの運んで。ご飯にしましょう」
男なのに三塚は本当に器用だ。お菓子の飾りつけなんかもいつも丁寧で細かいし、料理もそうだ。
「……料理は繊細で綺麗なのにピアノは大胆だよな…」
「………………馬鹿にしてるんですか?」
「そうじゃないよ!…思っただけだ」
「…じゃあきっと凪が料理したら大雑把になるんですかね?」
「…そうかもな」
「……………やっぱり俺の弾くのザッパだと思ってるんだ…」
「あ!そうじゃないって!」
「…いいですけど」
拗ねたように言う三塚に笑ってしまう。
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