凪は今度の東京でのコンサートに向けての練習に入ったらしい。
らしい、というのは絋士の前で曲を練習している所は見せないから分からないのだ。
朝は凪を起こしてすぐに自分は仕事に行ってしまうし、絋士が帰ってくる頃はだいたい生徒のレッスンをしているからちゃんと曲を弾いている所は聴かれない。
野田の店でのディナーコンサートの時もそうで、全然曲なんか聴いてなくてどきどきしたものだ。
でも凪が言うのも一理あるかもとも思わなくもない。本番で聴かされる曲は特別だから。
桐生 明羅に曲を貰ってますます凪の練習に熱が入るのは当たり前だ。
あの後桐生 明羅と二階堂 怜を気にするようになったらかなりCMやなんかに曲が使われているのが分かった。そんな人に凪が認められるのは嬉しいが…遠くなりそうだ、と漏らしたのは自分の本心だ。
昼の休憩時間、店の裏にある自宅に行ってピアノの練習。凪の事を少しでも分かれるようにこれはきっとずっと続けるだろう。自分にも才能があれば…もっと凪を理解できるのに…。
どうしても特殊な世界だ。少しは絋士も齧ったがプロの世界とは雲泥の差がある。自分に出来る事は少しでも凪を喜ばせる事ぐらいだ。
ケーキが大好きな凪はいつも幸せそうに顔を紅潮させて食べてくれる。それが可愛くて…。
あれだけは絋士のものだ。
携帯が鳴って表示を見れば野田だった。昼の忙しい時間だろうに珍しい。
「もしもし?」
『おう。あのさ、今東京のなんとかプランニングとかいうとこから電話あったんだけど、お前デザートのプランニングしないかって。うちの店に来た事あるらしい人なんだけど、誰が作っているんですか、って聞かれて。頼んでるんです、って言ったら…。名前とか教えてないけどお前次第だ。お前が嫌なら俺から断るし。いいならお前の携帯に直接電話してもらうけど?』
「…やる」
『即決だな。了解。じゃ』
用件だけであっという間に電話は切れてしまう。
…即決してしまった。
凪を見て自分もこのままじゃいけないと思う。だからこそ即決で返事をしてしまった。
ピアノを片付けて店に戻る。
「親父、ちょっといいか?」
黙々と無言でケーキを作る職人だ。
そして今の野田からの電話の事を伝える。
「……絋士がしたいと思うなら勿論反対はしない。それに分かっている…お前は職人としてももっと表に出ていいんだ。こんな田舎の家のケーキ屋である必要もない。真衣も分かっている。だから今真衣がケーキ作りを覚えているんだ」
「……あ?そうなの?」
「ああ」
くすりと親父に笑われた。
「…音大に行かせてあげられなかった…。お前はそれでよかったというけれど、あの当時はそうじゃなかった。行きたかったはず…。それを叶えてあげられなかった分、というわけじゃないが、お前のする事に反対することは一つもない。自分で思ったとおりにやってみなさい」
元々口うるさい家ではない。小さい頃から結構自由だったと思う。それでもそんな風に思われているのに感謝したくなる。
「サンキュ」
「ただいまぁ~!お父さん!足りない分の材料買ってきたよ。…お兄ちゃん、どうかした?」
材料で足りない分の買出しに行っていた妹に同じ事を説明する。
「全然大丈夫!私はケーキ職人と結婚してここ引き継ぐから。お兄ちゃん出て行っていいよ?っていうかもう帰ってきてないけど~。跡取りの心配も私産むから無用なんで」
「…………」
けろりと片付けしながらそんな事を言われて黙ってしまう。
「…だそうだ」
…って親父に付け加えられても…やはり無言になってしまう。
凪の家から通って、凪の家に帰っても何も言われないとは思ってはいたけど…。公認なってたのか…?
確認したいがするのも怖くてそのままうやむやにしてしまう。
「あ、電話だ…」
ちょうど電話がかかってきた事をいい事に裏口から外に出た。
さっき野田が言っていた相手からで、一度会って話をしたいとの事だった。
絋士としてもいくらかでも凪に見合うように男を上げていきたい。
頷き、話を聞いてみる事に決める。
チャンスはいつどこで転がってくるか分からないのだ。迷っている間に凪が本当に手が届かなくなってしまいそうで、密かに絋士は焦ってしまう。
凪がこれから演奏家として進むだろう傍らに常に一緒にいるのが理想だ。だが今のままでそれは不可能だ。
幸いにも家に反対はないらしい。だければチャンスを物にしないと男じゃないだろう。
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