三塚から電話がかかってきてかまえていたけれど結局誰も訪れることもなくいつもと同じように生徒のレッスン時間になった。
直接三塚が見たらしいわけでもなさそうなのできっと違ったのだろう。
だいたい立花 創英がわざわざ凪ごときに会いにくるはずない。
名刺はもらっていたが、あんなのきっと社交辞令だ。
普通にレッスンしているとどうやら三塚が帰ってきたらしい。廊下を歩いてリビングの方に向かう足音がして凪は少し表情が緩んだ。
電話してきて確認してくれる位に気にしてくれているんだと思えば嬉しい事だ。
レッスンを終えてリビングに行くとすぐに三塚が声をかけてきた。
「来てない!?」
「来てないよ」
「……それならよかったです。俺も直接見たわけじゃなかったけど、余計な心配だったかな……」
ほっとしたように言われて三塚に抱きついた。
「凪?」
軽くキスしてくれるのが照れくさいけど嬉しい。
……もしかして新婚家庭とかはこんな雰囲気なのだろうか?
凪は父親の存在もなく母だけだったし、普通の家でもなかったのであまり普通の家庭がどういうのか分からない。男同士だという点を除けばそんな感じじゃないか?と自分で思ってさらに照れくさくなってしまう。
「ん?どうかした?」
ぽわっと顔が赤くなった凪に三塚がご丁寧に聞いてくる。
「な、なんでもない!」
「もうちょっとで飯できますから待ってて」
こくんと凪が頷けば三塚がくすりと笑う。
「…可愛い」
「別に可愛くはない…と思うけど」
「俺が可愛いと思うんですから可愛いの」
…恥かしいヤツ…。でも他のヤツにそんな事思われても気色悪いだけだが三塚にだったらいいと思ってしまうんだから凪だって同罪だ。
立花 創英の件はそれで終わったと思ったのにその二日後の土曜日だった。
日曜にコンサートのイベント会社との打ち合わせやホールの下見などがあったので用意をしていたらインターホンが鳴った。
滅多に生徒以外は来客もないのに誰だろうと出てみると玄関に立っていたのは立花 創英だった。
「あ……」
ざっと凪の顔色は青くなった。何故だろうかこんなにこの人が苦手なのは…。
「ちょっといいですか?」
「あの…もうすぐ生徒が来るんです」
それは嘘ではなかった。
「あなたは父親を知っているのか?」
がっと立花 創英が凪の腕を掴んだ。
「離してください!…父親…?僕には父親はいませんけど?」
「生まれている以上いないはずないだろう。…なんだ…知らないのか…」
「あなたは…まさか…知っているんです…か?」
立花 創英が凪を見下したように見てくすりと笑った。
「いや」
なんだ…知らないのにそんなことを言うなんて紛らわしい。
「でも疑っている事はある」
「疑っている…?」
どういう事だろうか…?
「今度東京でコンサートをするだろう?予定表に名前が載っていた」
「……はい」
「楽しみにしているよ」
ぎっちりと掴んでいた凪の腕を離しそれだけを言って立花 創英はくるりと踵を返して凪の前から姿を消した。
…どういう事だ…?
掴まれた腕を摩り凪は眉間に皺を寄せた。
母親には父の事は聞いた事はなかった。一度だけ聞いた事があったが、あなたに父親はいない、とただ一言そう言われただけだった。
子供の時はそれで済んだが大人になって事情を知れば父親がいないという事は有り得ないとは分かる。だが二度と母にそれを聞く事はしなかった。聞いてどうするという思いもあったから。
それが母親ももういないのに…今それを蒸し返すのか?しかも何故立花 創英にそれを言われなくちゃならないのか…。
立花 創英は凪の何を知っているのだろうか…。
いや、知っているのではないらしい。ただ疑っていると言った。
何を…?
玄関先で凪はドアを開けたまま難しい顔で考え込んでいた。
「凪先生?どうしたの?」
「え?あ、いらっしゃい。どうぞ。…なんでもないよ。ちゃんと練習した?」
「したよ!」
近所に住む生徒は小学生になればほとんどが一人でレッスンに来る。立花 創英の事を頭から追い出して凪はレッスン室に入った。
父親などいない。そんな事気にする事じゃない…。
そう思っているのに頭の端の方でつい考えてしまう。
今はそんな事考えるな。それこそ東京でもコンサートを成功させないといけないんだ。演奏家としての凪の行き先が決まってくる大事なコンサートなんだから。
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