三塚が起きた気配に気付き凪も目を覚ました。
「三塚…?」
三塚は日曜日でも仕事だ。
「起こしちゃった…?あ、今日はちょっと早めに帰ってきますね」
「…そう…?」
「ええ。凪はまだ寝てていいですよ」
「いや、起きる。言ってなかったっけ…?今日はちょっと出かけないといけないんだ」
「…立花じゃないですよね」
「違う。打ち合わせだ」
「それならいいですけど…ん?…てことは東京?」
「ああ」
「………そうなんだ。気をつけて行ってきてくださいね」
「別に気をつけるってほどでもないけど」
電車で一時間も揺られれば着く距離だ。
「帰りはどれ位?」
「夕方までには帰ってくる。午前は教授の所でピアノを見てもらって午後から会場」
「会場広いですか?」
「キャパは大きい。……でもそんなに人…入るかな…。宣伝とかもするって言われてるけど…」
「CMとか…?……嫌だな…」
三塚が顔を顰める。
「凪きっともてもてですよ…」
「関係ない」
何を言うのかと思ったら。くすりと凪が笑って半身を起こすと三塚が背中を手で支えてくれる。
「しまったな…今日遠出するんだったらもっと昨日抑え目にしとくんだった……それに今日…一緒に……」
「そんなわけにいかないだろう。三塚は三塚の仕事があるんだから。大丈夫だ」
「………本当に…?」
「ああ」
三塚がかなり迷っているみたいで顔をずっと顰めている。
「凪は何時に出ます?」
「早めだ。レッスンがあるから」
「じゃあ一緒に出ますか?」
「……ん、あ!何か菓子折りって…あるか?先生の所に持って行く」
「焼き菓子ならあると思いますよ」
「じゃあ頼んでもいい?」
「勿論。いいけど…まだ開店時間じゃなくて…その間に凪が来たなんて言ったらパートさんに怒られるな…」
三塚に朝ごはんを作ってもらって一緒に食べながらの会話だ。
そして一食べ終え一緒に家を出る。
「じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけて」
「…行ってくる」
「帰り、店に寄ります?」
「…寄っていいなら」
「じゃあ寄ってください。あと一緒に帰りましょう」
「…ん」
三塚の店から菓子折りを買ってバス停で駅まで行くバスを待つ。
「うーん…一緒に家出るのもいいですけど…キス出来ないのが残念だ…店でしとけばよかったな…しまった」
「……バカ」
バス時間が迫ってたので慌てて用意してもらったのにバスは遅れているらしい。少し待ってやっとバスが来た。
「じゃあ夕方に」
「うん。あとメールする」
「分かりました。いってらっしゃい」
「…行ってくる」
やっぱりくすぐったい!
でもそれが嬉しくて楽しい。
バスから小さく三塚に手を振ってからはた、と前にこれで笑われたんだったと気付くけど…遅かった。三塚が見送りながらまた口を押さえていた。
まるで小学生のようじゃないか、とかっとする。いや、そうなのかもしれない。普通に友達とこんな風にという事が学校以外ではなかったから浮かれている所はあるんだと思う。三塚は友達というのではないけど…。友達なんかじゃない。もっと大事な存在だ…なくてはならない…、とまたつい三塚の事を多く考えてしまってだめだ、と凪は頭を振った。
今からレッスンがあるんだった。曲の事を考えないと!
コンサート前の貴重なレッスンだ。この間弾いたように、とはさすがに本番ではないから入り込めないだろうけど、成長したと認めてもらえるだろうか…?
ずっと親身になってくれた先生だが…。
だがやはり精神的に落ち着いている、と思う。もうすでに二ヶ月切っているけど凪の中は通常と変わらない。
プレッシャーは勿論ある。曲もだが桐生 明羅の曲だ。それを言ったら桐生 明羅が聴きにくるらしいので下手な演奏なんかできない。
だが、それだって以前だったらちゃんと弾かないととか、間違っちゃいけないとか、これでいいのか、とか余計な事ばかりを考えてしまう所だったのだが、三塚に言われた自分の感じたまま、という言葉のおかげで魔法にかかっているみたいに気が楽だ。
今の自分が出来る事を…。高望みしても仕方がない。自分が弾ける事を嬉しく思わないと。そう、桐生 明羅の曲もどうしようじゃなくて本当は嬉しいんだ。自分がピアニストになった事が間違いじゃないと言われたようで…。
母に強制されたんじゃない。自分で選んだのだから。それに気付かせてくれたのは桐生 明羅に二階堂 怜、そしてなんといっても三塚だ。
三塚がいなければ凪は母親の呪縛を解くことも出来ずにきっと苦悩のままだっただろう。
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