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トロイメライ 85

 「…………何があった…?」
 大学で教わった教授が怪訝そうに顔を顰めて凪を見た。

 先生のご自宅のピアノは一台だけ。もう本格的なレッスンはしないと豪語していたが、それでも何人かやはり先生を頼ってきているらしいのは聞いていた。
 凪もこうして大きいコンサート前には自分が安心したくて頼み込むのだが、さすがに全曲を見ていただく時間もないので抜粋して先生の前で弾いた。教授はお年を召してもう大学は引退し、凪みたいに見て欲しいとレッスンをお願いした時にだけ見てくれる。

 「あの…だめ…ですか…?」
 ずっと腕を組んで目を瞑って呻るように顔を顰めたまま凪の演奏を聴いていたのだが…。自分では緊張もせずに今、ここで今弾ける範囲の事は出来たつもりだ。
 「まだ弾き込みも足りないとは思いますが…」
 言い訳するように言葉を足そうとしたら先生が顔を上げ凪を見た。

 「………いい」
 「え?」
 先生が皺の多くなった顔の相好を崩した。
 「…化けたな」
 化けた?
 凪は教授の顔を見てどうやら悪くなかったらしいとほっとする。

 「ずっと君にはあと一つ何か足りないと思っていたが…」
 それはよく言われていた事だった。
 「音楽性もテクニックも問題は何もない。一流と言っていい位だった。それなのに何かが君を押さえつけていた。…それがなくなったな…。音も伸びやかでさらに繊細になった」
 「あ、ありがとうございます!」

 素直に嬉しい!今まで手放しで褒められた事など一度もなかったのに!いつもそうじゃない、もっと、自分を出せ、隠すな、作るな、…などと散々言われて来たんだけど。
 「どうやっても抑制する事をやめられなかったのにどんな心境の変化だ?」
 …それはやっぱり三塚だ…。
 ははん、と先生に笑われた。

 「聞かないほうがよさそうだな…」
 「あ、いえ…その…」
 凪がかっと顔を赤らめてしまうと先生が呆れたように肩を竦めた。
 「コンサート楽しみにしている。そのままがんばりなさい」
 「ありがとうございます!」
 文句なしでこんな事言われた事もなくて凪は顔を紅潮させた。

 「…海外のコンクールの時に今位出せていたら…もっと上にいけたのに…」
 はぁ、と残念そうに溜息を吐かれる。
 「いえ……これが自分ですから…」
 「……まぁ、遅咲きとはいえ安心した。来なさい。コーヒーでも飲もう」
 レッスン室を出てリビングの方へ行くと奥さんにコーヒーをご馳走になった。

 先生は上機嫌で表情が明るい。いつも不満顔ばかりさせていたのだが…よかった…間違ってなかったとさらに安心が増えた。
 ずっと先生に言われて来た事が分からなかったのだが、やっと先生にもOKが出て、自分の中でも満足出来るようになったと思う。
 …今更だが、本当に遅咲きだ、と自分でもおかしくなる。

 ずっと頑なに自分を四角四面に囲っていたのだと思う。それが解放されたから…。
 三塚に会いたいな…と思ってしまう。この嬉しい気持ちを話したい。三塚は否定するけど、今こうして凪自身が満足していられるようになったのは三塚のおかげだ。
 抱きついてキスを浴びせたい気分に高揚してくる。
 
 凪も安心して先生のお宅を後にしてイベントの担当者と待ち合わせの時間までに昼を済まそうと凪はどこか一人でもゆっくり出来そうな店はないかときょろりとしながら探した。
 あまり騒々しい所も嫌だし、静か過ぎるのも一人でいるには落ち着かないような気もする。
 人の流れを見ながら凪は待ち合わせ場所に近い和食の店に入った。

 席には仕切りもしてありゆっくりと出来そうだとほっとし、店員に通りに面した席に案内された後日曜日でもランチをしていたのでランチセットを頼み、外を行き交う人波をぼうっと眺めていた。
 さすがに人が多いな…とどこからくるのか多い人波に少しばかり辟易する。大学の時はなんとも思わなかったのだがあまり人と接する事がない今は人に酔いそうだなんて思ってしまう。

 え…?
 背の高い見慣れた人が歩いてくるのが目に入った。
 がたんと凪は中腰に立ち上がる。 
 見間違いか?と思いながらじっと視線を追った。丁度凪が座った目線の方から歩いてきて通り過ぎて行くのを目で追った。

 間違いない…三塚だ。なんで?一言も東京に来るなんて言ってなかったはず。スーツを着用して別人のようになっているけど凪が見間違えるはずはない。
 …しかも女の人と一緒だった。
 誰…?そしてどうして凪には何も言わなかった…?
 疑うわけじゃない…けど…。 
 ランチで運ばれて来た料理は全然味もしないしおいしいとも勿論思える事もなかった。
 
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