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トロイメライ 88

 駅裏の駐車場に車を入れ改札口まで凪を迎えに着いたところで凪にメールを入れるともうすぐ着くとすぐに返事が返ってきた。
 凪が行ったあと一時間ほど遅れて絋士も東京に向かった。
 スイーツプランニングの依頼の話を聞きに、だ。

 朝凪が東京に行くと聞いてやばい、と思ったけど、まさか人の多いそんな所で会うはずもないだろうと黙っておく事にした。 
 大体にして朝の時点ではまだ全然話が見えていないのだから話のしようもなかったのだ。決まりもしない内容も分からない事を凪に言うのもどうにもかっこつかなくて内緒にしてしまった。

 言って一緒に行ってもよかったのだが…。これから大きな舞台に上がろうとするピアニストの凪に対してのささやかな男としての矜持だと思う。

 今日は話を聞いてきて、一応これから開店する予定のカフェのスイーツのプランニングの候補には名乗り出た。だが候補はまだ何人かいるらしく正式な決定ではない。実家からもでていってよしと妹から許可がでているので自分で小さい店を出しながら挑戦してみようか…。誰か後輩や修行した店のツテを借りてもいい。

 自分はプランニングをしながら…そうすれば比較的自分は自由になって凪の傍を離れなくて済む。
 凪中心に考えてしまっているが当然だ。だがまだそれは自分の中だけでの事でそう簡単に上手くいくはずもないまずは今は今日の話のプランニングを上手くいかせないと。そうじゃなきゃ話にもならない。
 電車が着いたのかどっと人が改札口から出てくる。

 凪は…と首を伸ばせばいた。楽譜を重たそうに持っている。昨日まさか今日出かけるのを知らなくていっぱいしてしまったから身体は重く感じただろうに…。
 凪が絋士を見つけるとうっすらと笑みを浮べ改札から出てきた。
 「おかえりなさい」
 「…ただいま」

 ほっとしたような顔を見せる凪をハグしたくなるが人の多い所でさすがにそれは出来ないと我慢する。
 凪の持っていた荷物を持って背中に手を添える位に止めておく。これだって行き過ぎてる気はしないでもないが。
 「荷物いいよ…それ位」
 「いいです。今日は疲れたでしょう?」
 「………っ」
 ひくっと凪が息を飲み込んだ。照れたのかなと思って顔を見たらどうも違う。

 「…?」
 絋士を見てそしてふっと顔を俯けた。
 「…凪?」
 「いや、教授に褒められたんだ。それにイベント企画の人が桐生 明羅とも知り合いだったみたいで。ものすごく話がスムーズにいったよ」
 一瞬俯けた顔をぱっと上げて凪が嬉しそうに笑みを見せた。

 笑った顔だったはずなのに凪の顔がどこか歪んでいる。
 「凪?何かあった…?」
 「いいや?いい事ばかりだった。イベント会社の人が二階堂さんと同級生で電話してくれて…僕のコンサートに来てくれるって…。二階堂 怜のコンサートチケットももらえるらしい。手に入れるの難しいんだぞ?三塚…一緒に………行く…?」
 窺うように凪が聞いて来た。

 「凪が誘ってくれるなら」
 「…聴いて欲しいし聴いて欲しくない気もするけど…。あとCD出すかもって。今度のコンサートの録音して…」
 「え!それはすごい!」
 「CD出して上手くいけば主要都市でツアーもって…まぁ、上手くいけば、だから…ポシャる可能性の方が大きいけど」
 凪が次から次とはしゃぐように喋る。

 「…それで?あとは…?何かあった…?」
 「………………何もないよ」
 また凪が顔を俯けた。上がっていた声のトーンが下がっている。
 「…凪?」
 どうかしたのだろうか…?

 凪がそっと絋士袖を掴んで来た。東京に行ってた時はさすがにスーツを着用していたが用事を終えすぐに帰ってきた絋士は着替えも終わっているし、晩御飯の下準備も終わらせていた。
 どこか凪が不安そうに見える。
 「本当に何もないよ。先生にもコンサート楽しみにしている、って言われた。初めて…レッスンでダメ出しがなかったんだ…」

 「…よかったですね。CDもコンサートも凪は大丈夫ですよ。体調も俺がばっちり決めてあげますから」
 「………ん」
 駐車場に向かって歩いていたがそっと凪がまた距離をつめてくる。甘えたになっているのか…?でも凪の表情がどうも冴えない。ピアノに関しては確かに本当なのだろうが…。立花がどうかしたのだろうか…?

 「凪…立花とは会ってない?」
 「立花 創英?会うわけないけど…どうして?」
 凪がきょとんとしているのに違う、と絋士は頭を捻った。

 「…帰りたい」
 「……すぐですよ。あ、でもその前にちょっと時間早いしウチの店寄りましょうか?凪が食べたいの買っていきましょう。CDのお祝いに」
 「ん…」
 小さく頷く凪が可愛い。やっぱり早く帰って抱きしめたい!と思ってしまうが我慢だ。
 
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