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トロイメライ 93

 まったくもって自分は初めての好きになった人という存在にトチ狂ってるのではないかと思ってしまう。
 凪は立花 創英が凪の父親の事をどうやら知っているらしい事に全く興味もない。…相手が苦手な立花という事もあるのかもしれないが…。立花の名刺をもらっていてもまったく自分から連絡をいれようとする気もなかった。

 …今更だ、とも思うし、どうやら確実でもないらしいというのもある。
 三塚と会う前だったら気になったかもしれない。けれど、今は会ったこともない本当かどうか分からない父親の存在よりも傍にいてくれる三塚の存在の方がずっと大事だ。

 相手が凪の事を知っているかどうかも分からないのだ。自分でも冷静だな、と思ってしまう。そもそも凪の存在を知っているのならば今まで名乗り出ないのは凪をいらないと思っているのだろうし、知らないのならば今更凪が名乗り出ていっても戸惑うだけなはずだ。
 
立花 創英が凪の事を、父親もいず、その父親の存在の事をどうやって知ったのかは謎だが凪は自分から立花に連絡を入れるつもりは毛頭なかった。

 あの目…公開レッスンの時の事を思い出せば蛇に睨まれた様にぞっとする。どうしてなのかは自分でも分からないが立花とは関わりたくないと思った。家に来た時もだ。普通であったならば名の通ったピアニストで凪よりもずっと先輩に当たるのに失礼だとは思ったが家に上げたくはなかった。とにかく何故か知らないがどうにも避けたい。

 三塚は肉親のいない凪に父親がいるかもしれないらしい、という事を気にしていたが、凪が気にしていなかったので三塚も自分が言う事じゃないと思っているのか黙ってくれている。
 三塚は強引な所があるのに凪が放っていて欲しいと思う所にはずかずかと入ってこないから…。

 それなのに誕生日で拗ねられるなんて…。
 思わず三塚の昨夜の態度を思い出してくすりと笑ってしまう。
 可愛い、と思うし嬉しいと思うし照れくさくもある。

 誕生日なんて自分でも忘れていた位で凪は全然気にしていなかったけれど…。あ、でも三塚の誕生日には何かしてやりたい。いつも凪はもらってばかりだから…。
 ……ああ、…好きな人の誕生日を祝ってあげたいというのは分かる。自分はどうでもいいけど三塚が生まれた日なんだ…。

 …三塚も同じように思ってくれたから…だから拗ねたのだろうか?
 真ん中バースデイなんて小学校の女の子と同じ事する羽目になるとは思ってもみなかった。
 そういえば仕事を休んでデートって言ってた。
 デート…?
 かぁっと顔が火照ってくる。

 それに…プレゼントも何か用意した方いいのか…?
 なんとなく落ち着かなくなってそわそわとしてしまう。いや、まだ全然時間はあるし焦る必要もないんだけど…。
 レッスン中だった、とはっとして余計な事は考えないように、と小さく凪は頭を振った。
 どうにも頭の中がいらないことばかりでぐるぐる回っている。

 三塚の事が一番多いけど…父の事、コンサートの事、桐生明羅の曲の事、これから先の事、色々な事が考えちゃダメと思っても回っている。
 頭で考え込んでいても生徒の弾く音はちゃんと耳に入ってきているからいいけれど…。神経が散漫すぎる…と反省する。そう思った傍からまた三塚の事を考え出してしまう。

 凪が東京に行った日の事はなんだったのだろうか?
 やっぱり見間違い…?だって三塚からは一言も何もないのだ。

 でも三塚は気付いてなかったけど、凪はガラス越しに視線を追って見たしやっぱり間違っていないと思う。でも何もない…。あんな所でまさか凪が見ていたなんて三塚は思いもしないのだろうけど。何でもなかったら言ってくれればいいのに…。どうしてなのだろうか…?

 一緒にいる時の態度に何も三塚に変化は見られないし変わったところもない。それなのに…?
 なんでもないから言わないのか、知られたくないから言わないのか…。
 いや、なんでもないなら教えてくれたっていいんだ…。そうしたらやっぱり凪には知られたくないから…なのだろうか…?

 三塚が目の前にいればこんな不安も過ぎる事はないのだがいないとどうも悪いほうへと考えてしまいたくなる。
 いつか捨てられてしまう…のだろうか…?あれは誰?と帰ってきてすぐにさらっと聞いてみればよかったのか…三塚から話してもらえるのを待ったけど、結局一言もない。
 昨日の態度を見ればそんな事気にしなくてもいい、と頭では分かっているけれど、小さな棘が凪の心に刺さっていた。
 
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