「ねぇ凪、真ん中バースデイの日、東京のホテル取っていい?次の日早くに帰るようにしますので」
「え?ああ。別にいい…けど」
「車で行きましょう」
「……それも…いいけど…支払いは半分こな」
「え?いいですよ」
「よくない。だって真ん中バースデイなんだろ。半分…三塚の分は僕が…」
そんな事を言われたのはもう9月4日が近づいた日だった。
「ほんの少しだけ用事があるんですけど待ち合わせがカフェなので凪悪いですが待っててもらえますか?」
「いいけど…」
東京で用事ってことは凪が見かけたアレのことか…。でもその待ち合わせという場所にどうやら凪も連れて行く…?だとしたらやっぱりなんでもない…のか?
信じてはいるけれど。
不安が過ぎる、というほどではないけれど、気になるのは気になる。
微妙な顔つきになってしまっていたのか小さくソファに座っていた凪の顔を隣に座っていた三塚が覗き込んできた。
「まだ…不安?」
凪は小さく首を振った。こうしてちゃんと話をしてくれるという事は信じていいという事なのだから。
どうしても自分もこんな大切に思うような存在が初めてで心のコントロールが出来ていない。それでもコンサートに向けての曲の練習は順調なのだから精神的には安定しているのかもしれない。
以前みたいにこれでもか、というような切迫した雰囲気の練習ではなくなっていた。自分が弾きたいように…気持ちよく…それが出せるようになっている。
桐生 明羅からもらった曲も弾けば弾くほど色々な面が見え奥が深いと思う。いやピアノは弾けば弾くほどループするように奥行きが見えないのがつねなのだが、それにしても指示がないという事にまだ模索中だった。
だけど…当日に自分が思ったように、そのままを出せればいいんだ、とも思うようになった。その日の気分によって…不安だったり幸せだったりで音も変わってくる。その変化も楽しいと思えるようになったのは成長だろうか。…そしてそんなゆったりとピアノに向かえるのは三塚のおかげなんだ。
「用事が終わった後は…ね?」
三塚が凪を抱き寄せて耳に囁きながらキスする。
三塚の肌を撫でるようないい声に凪が感じてしまう事を三塚はよく知っているのでわざとそうやって囁くんだ…。
「…ん」
プレゼント用意はいいので買い物に一緒に行って選びましょうと言われていた。何が欲しいかなんて凪には分からなかったのでかえって三塚のその提案は嬉しくて、ちょっとドキドキしている。
……なんか以前は世界にまるでたった一人で立っているかのように寂寥感と不幸感漂う感じだったのが、今では頭に花が咲いているような感じだ。
そんな事を思って自分でぷっと笑ってしまった。
「……もうコンサートまで二週間ちょっとという所なのに…全然平気そうですね?前の時はあんなに顔色悪かったのに…」
「…うん。なんか…平気らしい。三塚がいてくれるから安心してる。以前のアレはなんだったのだろうと自分でも思う位だ。練習をしてもしても足らない感じで気ばかりが焦って…何かに追いたてられるように練習してた…。ものを食べても受け付けず全部もどして…そのくせ自分で満足する演奏なんて弾けたためしもなくて…」
三塚に体重をかけ寄り添えば三塚の腕は何も言わずに凪を包んでくれる。
「今は全然…三塚が作ってくれるからだろうか…?」
「それは俺も安心出来ていいんですけど。顔色もいいしね。ただ俺は不満がありますよ!俺の前で絶対曲弾いてくれない」
「そんな事ないだろう?レッスンの時とかは一緒に弾いてる」
「それは俺に教えるためであって聴かせる演奏じゃないでしょ」
「まぁ、そうだな…。だって恥かしいじゃないか」
会場で弾く分に恥かしいと思った事もないし、レッスンで弾くのも恥かしいとは思わないが、曲の練習を三塚に聴かれるのは何故か恥かしいと思ってしまう。弾くのが恥かしいんじゃなくて聴かれるのが…なんだけど。だからいつも三塚がいる時は指馴らしとかになってしまう。
「ホント照れ屋さんですよね…えっちの時はけっこう大胆なのに」
「うるさい」
かっと顔を赤らめてしまう。自分でだって分かっている事だがそれを指摘されればやっぱり恥かしいじゃないか!
「わざわざ……そんな事…言う必要ない…っ」
「照れる凪が可愛いので」
飄々と三塚が言うのが悔しい。
そんな言葉一つにも凪は動揺してしまうのに!三塚は余裕でくすくす笑ってるんだ。
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