「凪?なんか心ここにあらずって感じ…?」
「い、いや…そうじゃないんだけど…なんかこう…現実じゃない感じなんだ…」
夜景の見えるレストランで仕切りに囲われた空間がまた凪の気分をふわふわさせ、さらにワインまで飲んじゃっているから余計にだ。
「何が現実じゃない感じ?」
「何…って…今日一日の事が…。いやこうしていられる事が、かな…?なんかもう全部が…。だってコンサートまで二週間ってとこなのにこんなにのんびりしてるなんて…」
前だったら食事しても戻したりを始める時期だ。それが全然そんな兆候など見えない。
「……今日の言ってたスイーツプランニングって…どこかの店のを考えるのか…?」
「そう。野田の店でやってるような感じ」
「……来週から?」
「らしいですね」
かちゃかちゃとカトラリーの音が静かに鳴る。店も大人な雰囲気で静かでいい雰囲気だ。話す会話も小声で。さわさわと人の気配はするけれどそれが心地いい。静かにジャズが流れているのが凪にとってはよかった。これがクラシックだとどうしても頭の中に譜面が浮かんでしまうから。それでもジャズでもつい耳は意識しないと音を追ってしまうのだが…。
「それに…こっちに会社とかなんとかって…」
「一応ね。そのつもりです」
…そのつもりって…。じゃあ三塚は離れて暮らすつもりなのだろうか…?
そこに関しては少しばかり不安が過ぎってしまい小さく眉間に皺を刻んだ。
「凪」
三塚が向いで凪をじっと見た。
「いづれ…凪はピアニストとして活動するでしょう?自宅の生徒さん…見ている時間ないと思います。生徒さん見るにしたってある程度の音大目指す子とか…そうしたら活動拠点は東京でしょう?世界にだって行くかもしれない」
「ないよ」
「分からないでしょ?桐生 明羅が二階堂 怜以外にってないです。彼の母親もピアニストでしょう?母親が曲書いてって息子に言ったらしいですけど一蹴されたって雑誌に載ってました。インスピレーションが湧かないから無理、って一言だったって…」
「……お前詳しいな?僕は知らないぞ?そんな話」
「色々ちょっと調べてみたんで。どんな具合かと…」
三塚が苦笑しながらこめかみをかいている。
「世界中あちこちからオファーくるけど個人的に誰かに、というのは二階堂 怜ただ一人だけだったらしいのに…」
「……なんで僕なんだろう?」
凪が首を傾げた。
「あのね!だから!それ位凪が素晴らしい演奏したって事でしょ!」
「声大きい」
「……だから…俺は少しでも凪につりあうように」
「つりあう?つりあうってどういう意味だ?」
「そのままですけど?」
凪は三塚が何を言い出すのかとむっとした。
「凪はピアニストで世界から切望されるような作曲家にぽんと曲を貰った位だ。一回しか聞いてませんけど…あの曲で分かる。あれは凪の曲だ。たった一回、あんな辺鄙な所のショボいピアノで凪が弾いたのを一回聴いただけで…素人からちょっと毛が生えた位の俺にだって分かります。そんな人に認められるくらいの人ですよ…?俺なんかが…って思いますよ」
「そんな…」
「ああ、ただ単に自分の中での事なので。凪は気にしないで…」
「気にする!」
決まってるじゃないか!
「じゃあ何か?僕につりあってないと思ったらいなくなるのか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「そうだろ!?僕はいつもいつも申し訳なくて…迷惑ばっかり世話ばかりかけている!」
「それは俺が好きでやってることで…」
「それなのに!つりあわないって…いなくなるのか?僕はこんなにもう三塚がいなければまともに食事も出来ないくらいなのに!?」
気持ちが溢れてしまう。悲しい…。
「いえ、だからがんばろうかな、と…凪…」
「頑張らなくたって…家で…レッスン終わって三塚がいるのが…いつも嬉しいのに…別に住む…とかなんて…」
もう考えられないのに…。家族がいるのが分かっていても言わない位自分はずるいのに。
「別に?別に住む気はありませんけど?ですから凪もこっちを拠点にってなれば一緒でしょう?凪がいらないと言ったって俺は凪の世話をやめる気はないですから。凪の世話の為にと自分の矜持の為にはじめた自己満足な事ですけど自分の望んだ形でもあります。俺の作った物を食べて欲しい。そうなるんですからね。そして一番は凪なんですから。凪の幸せな顔を見ているのが俺は幸せです」
別に…じゃなかったんだ…。それに…自分の為に…?
潤んでしまった瞳を揺らして凪は顔を歪めた。
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