風呂を上がってさっぱりしたけれど、身体がだるさを訴えてベッドに凪は横になり、その端に三塚が座って凪の髪を撫でていた。その左手には指輪だ。
三塚の手を握って指輪に触れた。
「……僕でいいのか?」
「ん?それ、俺の台詞ですけど?ダチんとこ行く度に散々言われてる俺でいいの?凪は」
「…いい。だって…今は違う……よな…?」
「違います!…本当に馬鹿だったと思いますよ自分が。きっと凪が傍にいなかったからです」
「………僕の所為か?」
「そう」
堂々と頷く三塚に笑ってしまう。
「ずっと傍で凪の世話しますから」
「じゃあ僕は何すればいいんだろう…?」
「何も?傍にいてくれて…そうですね…たまには曲を聴かせてもらえれば。やっぱりそうですね…ジュ・トゥ・ヴとか」
「嫌だよ。恥かしい」
「え~…嫌って…そんな…。……ホント照れ屋さんなんだから」
〝あなたが欲しい〟なんて恥かしくて弾けるか。言葉の意味が分かってないとか、コンサートとかで弾くならいいけど、三塚にだけ、というのは恥かしすぎるだろう。
「あ、三塚が弾く?難しくないし」
「難しくないですけど難しいのでやめときます。全然あなたが欲しいに聴こえなくなりそうです」
ぷっと思わず笑ってしまったら三塚が口をへの字に曲げた。
「……凪、俺ががちゃがちゃ弾くの分かって言ってるでしょう?」
「そんな事ない」
「ああ、くそ。本当になんで同じ楽譜なのにあんなに音が違うかな!…って凪位弾けてたら俺だってピアニストなってたでしょうけど!」
「……今でもなりたい…って思うか?」
「いいえ。今は思わないですよ。ただもうちょっとましな演奏が出来る位にはなりたいなと思う位で。今は自分がケーキ職人でよかったと思ってます。凪の幸せな顔を独り占めできますからね。ケーキは明日ね」
「……ん」
三塚が顔を近づけて軽くキスした。
「…幸せなんだ…すごく…こんなに穏やかな気持ちが初めてで落ち着かないんだ」
「俺もそうですよ?凪ほどじゃないけどどこか人を信じきれていなかったんだと思います。冷めてたと思う…。ダチはいいんです。でも付き合うとかイマイチ分かってなかった。…本当に戻れるなら過去の自分にちゃんと将来はただ一人の人と出会えるから我慢しとけ、って言ってやりたい位です」
そんな言葉にも笑ってしまう。
「だといいな…」
「いいなじゃないです。凪は違う?」
「僕は三塚だけだ。何度も言ってるだろう?だから過去に何があったとしてもそれは受け入れられる。過去があっての今の三塚だからだ。でも今からとこれから先の事はダメだ。今日……分かっただろう…?ちょっと離れる、と言われただけであんなに動揺してしまうんだ。もし三塚に他に好きな人が出来たとか言われたら…間違いなく僕は狂ってしまうと思う。……だから…そんな僕なのに本当に三塚はいい…?」
「別に離れなきゃ大丈夫でしょう?好きな人なんて出来ないと思いますけど。今まで付き合ってきたのはいっぱいいますが好きになった人はいませんでしたからね。凪だけです。こんなに欲しいと自分から思ったのは」
「……どうして三塚がそう思ってくれるのか僕には分からないけど」
「俺もですよ。…いや、俺の場合はケーキか」
「うん……ケーキで心掴まれた…はあるね」
「……あのね。だからどうしてそこはケーキだけじゃないって否定してくれないかな…」
「だって。三塚のケーキは特別だから…」
「……なんか俺自身じゃなくて、ケーキ作る俺だから好きに聞こえるんですけど?」
「気のせいだ」
凪の好きな三塚はおいしい凪の好きなケーキを作れる三塚なのに。だって初めからそうだったのに。
「じゃあ俺がケーキ作れなくなりましたって言ったら捨てられる?」
「ないよ。ケーキが作られる三塚から作られない三塚に変わるだけで三塚本人が変わるわけじゃないのに。変な心配だな。でも作られなくなるってないだろう?」
「…ないでしょうけど。ほら、怪我して手が使えなくなったとか、あるかもでしょう?」
「だからそれだって三塚に変わりないんだから。それで嫌いになるなんてないだろう?」
馬鹿みたいな事でぐだぐだと話しているだけでも幸せだ。
「三塚…」
くいと三塚のバスローブを引っ張ると三塚が凪に覆いかぶさってきてキスを交わす。
「これからも…一緒いて…?」
「勿論」
小さい声で凪がねだるとくすりと笑う三塚の声と表情に凪の顔も笑みを作った。
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