とにかくもう何から何まで桁違いで、瑞希は今までの自分の生活からすっかり様変わりしてしまった事になかなか慣れないでいた。
一つ一つの事がどれも瑞希の常識には当てはまらない。
いったい自分は宗にとって何なのだろうか?
戸惑いばかりでなかなか落ち着かない。
もうすでに3月に入っていた。
その間に宗の卒業式も終わって、無事高校生ではなく、晴れて4月から宗は大学生になるわけだけど。
何にしたって普通じゃないのは確かだと瑞希は思う。
一月以上たっても全然慣れなくて、慣れないまま瑞希はもうすぐ会社の新入社員の研修がやってきてしまう。
それでもマンションの下の階でパソコンに向かい、坂下や宗に教わりながら色々な細かな事を覚えた。
「経理も誰かいれないとなぁ…」
宗の頭の中には色々ともう会社の将来設計が出来上がっているらしい。
瑞希の普通の頭ではとてもじゃないが考えられない事だった。
その宗はソファで雑誌を見ていた。
「宗、坂下さんも、コーヒー入れる?」
「おう」
「いただきます」
坂下という人は無駄な口を一切開かなくて、宗と一緒にいる役立たずの瑞希をどう思っているのか、瑞希はとても気になっていたが、今の所嫌悪も向けられてはいないし、丁寧な態度ではあるのでとりあえず幻滅や嫌われているわけではないらしいとほっと胸を撫で下ろしている。
確かに宗の言った通りに勉強になる。
会社でどこの部署に就くかは分からないけれど知っておいて損はないという位に株や為替やレートや取引の事が頭に詰め込まれた。
他の会社に就職するのにいいのかな、と思わないでもないが、宗に予め2年から4年と言われているのでいいらしい。
20歳か大学卒業と合わせて会社立ち上げ考えているのだろう。
「……はい」
コーヒーを入れ、何を夢中に見ているのだろうと思えば音楽雑誌だった。
チラシでもよく目にした二階堂という字が目に入る。
その人の記事らしい。
何がそんなに気になるのだろう…?
瑞希が不思議そうに宗を見ると宗がふっと笑った。
「これ?兄貴」
「………………は?」
「チラシやテレビでも宣伝してただろ?…それと名前並んでるの見た?桐生って?」
「あ、…そういえば、並んでいた」
「それが桐生。瑞希ちょっとだけ見ただろ?」
「…………はい?」
ええと…?宗が特別な、あの綺麗な子?
瑞希の顔が怪訝になると宗がふっと笑った。
「別世界だろ?全然俺には理解できん。あ、そういやCDあるぞ。後で聞いてみるか?」
瑞希はただこくこくと頷いた。
お兄さんがピアニスト?
「…だから今忙しいだろうと思って。4月のソレ終わったら紹介するから」
でも…、瑞希みたいなのが宗の相手、なんて…。
「……いいよ」
「なんで?」
瑞希は首を振った。
何もない瑞希が宗の相手なんてどうしたって釣り合うはずがない。宗を騙してると思われるほうが自然だろう。
「いい」
瑞希は自分用と言われたパソコンに黙って戻った。
気になるは気になる。
だって宗にとって桐生って子はやっぱり特別なような気がする。
お兄さんの…って言ってたけど…。
でもそれを抜いても宗の表情は桐生って呼ぶときにいつもよりも柔らかくなって違うと思う。
瑞希はいつもそれに不安を覚える。
紹介…。
会うのが怖い。
だって宗の目が瑞希を見ないでその子ばっかり見てたら?
とてもじゃないけど正気でいられる自信はないと思う。
それなら会わない方がいい。
だって今だって宗が桐生って呼ぶたびに瑞希に不安がよぎるんだから。
宗が桐生って子をどう見てるのか、その目を見るのが怖い。
しかし世界が相手ってお兄さんとその桐生って子の事だったんだ、と納得する。
間近にそういう存在がいればやはり触発されてしまうのだろう。
それにしたって兄がそれだと、宗はどこまでいっても瑞希の想像がつかない位に桁違いなのだと突きつけられるようではぁ、と大きく溜息がもれてしまった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学