洗濯や掃除やとしなくてはいけない事を済ませてさてピアノの練習をしようか、と思ったらインターホンが鳴った。
誰…?
なんだかいやな予感がした。
いやまさか何もないだろうと玄関に向かって鍵を開けたら立花 創英が立っていた。
なんで!?…と思ったら一人じゃない。
「立花 初っ!……っと!あ、すみません!失礼致しました!」
慌てて凪は頭を下げた。
立花 創英の父、初はピアニストの中でも重鎮だ。
…しかし何故ここにいるんだ?
頭を下げながら凪の頭の中が?でいっぱいになってくる。
「君は高比良 洋子の息子さんか…?」
立花 初氏が声を出した。母の名前を知っている…?
「え?…あ、はい。そうですが…」
「年は…26…?」
「ええ」
ドキドキと嫌な心臓の音がしてきた。そしてぎぎっと首が音を立てるようなぎこちない仕草で初氏の隣に立つ創英を見る。
前に創英が言っていた言葉とここに初氏がいる一致は…もしや…?
いや、まさか…。
「君は父親の事を聞いた事がないと創英から聞いたが…?」
「知りません。僕に父親はいませんから」
「いないはずないだろう?」
ふふんと馬鹿にしたように創英が鼻で笑った。
「君は私の子だ」
初氏の口から言葉が飛び出した。
やめてくれ…。なんで…。
「話がしたい」
「………………どうぞ」
まさか自分は話しなどしたくないとも言えず凪は家の中に二人を通した。
三塚しかいなかった空間に知らない人が二人もいる。
がんがんとする頭でコーヒーを入れようと凪はキッチンに立った。いくら凪でもそれ位は出来る。
しかし何も頭の中は考えられない。ただ心の中で三塚を呼んだ。
呼んでも今は東京で来られるはずもない。そこの近くの、三塚の実家のケーキ屋にいたのならば安心出来たのに、今近くに三塚はいないんだ。
父親がいたなんて…今更…しかもそれがピアニストの立花 初?
ありえない…。
じゃあ創英とは半分とはいえ血の繋がった兄弟になるのか?
ぞっとして凪は顔を顰めた。震えてきそうになる体を戒め、入ったコーヒーを持ってリビングに行った。
「…どうぞ」
「急にすまない…。創英から高比良くんの名前を聞いて…もしや、と…。君は本当に何も知らない…のか?」
「……知りません」
広いソファに初氏と創英が離れて座り、凪はその横の一人掛けのソファに沈み顔を俯けていた。
いつも広い3人掛けのソファは凪と三塚の定位置なのに…。
これは嫌な夢なんじゃないだろうか?
ただの普通の人が父親だと現れるならまだいい。だが、なんで!よりによってどうしてピアニストの立花 初なんだ?
「洋子から…何も本当に聞いていない?」
「…聞いていません。実家を勘当?勘当同然で出てきた、としか…」
頭をハンマーで殴られていれているようにがんがんとしている。なんで、どうして、ばかりがぐるぐると螺旋状に頭の中を回っている気がする。
「洋子は私の生徒だった…個人レッスンの…」
そんな事一回だって聞いた事もない。知らないそんな事。
凪は二人に視線を向けずただ俯いていた。
「当時妻とは…創英の母だが離婚調停中で…その間に洋子が身ごもり、それを知った妻が烈火のごとくに怒り泥沼化になった…すまない、子供に話すことじゃないのだが…」
じゃあ話さなければいいだろうに!
「洋子は私から離れて一人で生んで育てる、と…私は月々養育費を出すからと…」
はっと凪は顔を上げた。
養育費…?
「お前音大出てるな?ただの町のピアノ講師してる位じゃ音大出せる金なんかあるはずないだろう?」
創英が馬鹿にしたように凪を見ている。
「………」
どうやって大学の金を工面したのだろうとは思っていた…。だがそれも何も心配することないからピアニストになる事だけ考えてって…。
凪にそれ以上の質問は許されず、大学に入ってからはほとんど家にも寄り付かなかったので凪は本当に何も知らなかった。
遺品整理をした時だってそんな通帳など出てこなかったが…。
凪が音大に行けたのはこの人のおかげなのか…?凪の知らない父親…?
「妻と別れて洋子に結婚しようと言ったのだが姿を消された。何を考えていたのかは私にも分からないが…。でも息子をピアニストに育てたんだ。立派に…」
初氏が凪を見て泣きそうに表情を緩めた。その目に慈愛が浮かんでいるがかえって凪の気持ちは冷めていった。
「立派……?」
くすっと凪が笑った。
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