「瑞希?」
上の部屋に戻ってきて宗が瑞希を呼んだ。
「…何?」
ご飯の用意は瑞希の仕事。
それが嬉しい。だって瑞希にも出来る事があるのだ。
「……なんでいい、って言う?」
お兄さん、と桐生って子と会うのにいいと断った事だと瑞希は顔を俯けた。
「……嫌、なのか?」
嫌なんじゃない。
瑞希は頭を振った。
「じゃ、どうして…?」
それにも答えられず瑞希はただ首を振った。
「4月になったらきっと、ほら、忙しい、よ?宗も大学始まるし、俺も会社入ったばっかりじゃきっと…」
「……そうだろうけど…」
なんとなく釈然としないような宗をごまかすように瑞希はご飯の用意するね、とキッチンに向かった。
キッチンも広い。
対面式で宗はいつも瑞希がキッチンにいる時はダイニングの椅子に座っている。
食器も瑞希が気を遣うような物ばかりで宗には似合うけれど自分には似合わないと思うような物ばかり。
これはきっと長い夢の世界だから。
自分にそう言い聞かせる。
そうじゃないと目覚めた時きっと自分はもう夢から抜け出せなくなっている。
いや、すでにもう遅い気はするけれど。
宗がCDを持ってきてセットした。
流れた曲はクラシック?でも聴いた事はないような…。
黙って聴きながら料理を続けた。
いつも簡単な物。
こんな物でいいのかな…と思うけれど凝った物なんてなかなか作れない。
それでも宗はおいしいと言ってくれていつもやっぱり申し訳なくなってしまう。
あ、なんか聴いた事ある曲だ。
街の中とかでも耳にする曲だ。
「聴いた事あるだろ?」
「うん」
「……これ全部桐生が作った曲。で弾いてるのが兄貴」
「………え?」
瑞希の動いていた手が止まった。
「え?だろ?まぁ~天才はわけわかんねぇぞ。そんでバカップルだ」
「……え?」
「んでもそこはもう馬鹿にできないか…。俺も相当狂ってるのは自覚してるからな…」
「……え?」
「瑞希は…?なんか…最近はあんまり嬉しそうなとこないけど…。俺、縛り付けてばっかで嫌になったか…?」
「な、何言って…」
「だってバイトって下の階連れてってここ帰って来て。出かけるのそれだけって…ああ。明日は出かけようか」
明日は土曜日だ。
「…ううん、いい」
「いいから。……そうだな、忘れてた!スーツ作りに行こう。新入社員説明会いつだ?研修はいつからだっけ?」
「えと…説明会は27。研修は入社して1日からだよ」
「じゃ、間に合うな」
宗の言葉も気になったが、耳に聞こえてくる曲が凄くてそっちに思わず気を取られた。宗も黙って耳を傾ける。
「…凄いだろ?」
瑞希はこくこくと頷いた。
ピアノなんて学校位でしか目にした事などない。曲聴くのだって授業で位だ。
「直で聴くともっとすごい。……今度チケット貰っておく。一緒に行くか?」
「……俺、なんか、行っていいの…?俺、全然知らない、よ?」
「俺だって知らん」
宗がきっぱりと言いきったのに瑞希は驚いた。
「宗のお兄さん、でしょ?」
「腹違いって言っただろ?俺だって初めてきいたのが……ああ、瑞希と会った日、12月23日だ。あの日に初めて兄貴のコンサートに行ったんだ」
「そ、そうなの…?」
「そ。全然音楽なんて興味も何もなかったけどな。でも凄かった。それは言える。瑞希もきっと感動すると思う。4月のはさすがにチケットないみたいだし、忙しいだろうからダメだけど、その次のは一緒に行こう。多分7月にはするから」
「…………うん」
宗のお兄さんの演奏会。
ちょっとわくわくする。
けれど、本当に自分なんかが行ってもいいのだろうか?
そっと宗を伺えば宗は満足そうで瑞希は安心した。
顔色を伺いすぎているとは思うけれど、恐くて仕方ないのだ。
いつ宗に飽きられるか。
今のところはそんな所は見えないけれど。
縛り付けてばかりで嫌になる?
そんな事絶対ない。
もっともっとしめつけていいとさえ思ってしまう。
離さないで。ずっと瑞希を宗にぐるぐる巻きにして欲しい。
宗がお兄さんに紹介してくれると言ってくれるのは嬉しいんだけれど、どうしたって不安を拭う事は出来ないのだ。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学