「よくきたね!」
両手を広げて出迎えてくれた初氏に凪は慇懃に頭を下げた。
自分は父とは思ってもいないし、これは凪が望んだ事でもないのだ。
だがそんな凪の態度を気にする事もなく初氏は広い家に凪を向かいいれた。
「ここには創英と私だけだ。気兼ねする事はない。あとは通いのお手伝いさんが来てくれている。ピアノ室はこっちだ。防音になっている部屋もあるし好きに使ってくれて構わない」
ピアニストの立花 初にだったら少しは興味はある。なんといっても何十年にも渡って第一線で活躍してきたピアニストだ。感情豊かな表現力はやはり年を経ないと出せない深い音色で凪には真似出来ない音だ。
「今度のコンサートはリストと聞いたが?」
「そうです」
部屋を案内されながら初氏と並び、創英は下がって後ろからついてきていた。
「レッスンしようか?」
「………いい、ですか…?」
それは凪には願ってもない事だ!
ついて早々にもうレッスン。でも凪にとってはそっちの方がありがたい。親子ごっこをしに来たわけじゃないのだから。
「先生は?誰かに師事してるのかな?」
「大学の教授に。今では月に一回とか、コンサート前とかだけですが…」
「じゃあまず弾いてみて」
広い部屋のレッスン室にはスタインウェイのフルコンのピアノが二台。さすがだ…。
初氏が隣のピアノに座り、創英は離れて置かれていたソファに座った。
「巡礼とハンガリーだったか?」
「はい」
「じゃあ巡礼から」
そこから本格的なレッスンに入った。親子じゃなかった。完全に先生と生徒だ。
細かな注意が飛んでくる。ほんの少し気が抜けただけでもすぐに分かられる。何時間も時間が過ぎレッスン室の片隅ににいた創英の姿はいつの間にか消えていた。
そのまま結局夕方までレッスンが続いてしまった。
「ああ!すまない!つい夢中になって!もうこんな時間だ!」
さっきまでのピアノに向かっていたピアニストの立花 初がいなくなった。
「ありがとうございます」
「うん…いいと思う。しかしこれで国際コンクールでトップ…獲ってなかった…?」
「はい。今よりも大分未熟だったもので」
「そう…。コンサートが楽しみだ」
無邪気に立花 初氏が笑った。笑うと皺が深くなる。
どこか初氏は現実とは離れた印象だ。ああ、創英もそんな事を言ってた。
確かに…。ピアノに向かっている時は真剣なのに離れるとまるで子供みたいな印象だ。
「あとで防音になっているという部屋をお借りしてもいいですか?」
「どうぞ。好きに使っていいよ」
贅沢な家だ。
いや、そりゃピアニストが親子で二人…って今は凪も入って3人なのか!?
変わった状況に頭を抱え込んだ。
「父親と…思ってくれるかね?」
レッスン室を出た初氏が凪に聞いて来た。
「………すみません…」
「いや、急にそんな事を言われても君も困るのも分かっているつもりだ。ただ…君も言っていたとおり、今まで何もしてやれなかった分…」
「いえ、十分にいただいていたのでしょう。僕が知らなかっただけで」
創英に聞いた母親の事を思い出せばこの人も創英も本当の愛情は知らないんだ。
自分は違う。
今までは、三塚に会うまでは自分もそうだったけど、今は違うんだ。たとえそれが一般常識から外れる事であったとしても母とこの人との事のように歪んだものじゃない。
欲も見栄も何もなくただその人だけが欲しいと思える純愛なはずだ。
そんな三塚の存在が凪を変えたんだ。子供が出来る事もない道はただ二人で並んで歩く事しか出来ない。それでもこの人と凪の様に歪んだ道を歩く位なら茨があっても二人で手を取って並んで歩けた方がいいに決まっている。
凪はそっと指輪を撫でた。
「それ…」
初氏が凪の指を指差した。
「いい人がいるんだ?紹介はしてもらえるのだろうか…?あ、いや、まだ父親とも思われていないのだから無理だとは思うけれど…」
「………」
凪は恥じる事はない。自分の全部が三塚の物なんだ。ただ、初氏の言う通り父親に紹介という感覚にはならない…。父親であろうとする初氏が見え隠れするがやはり凪には創英の父でピアニストの立花 初にしか思えない。でも…。
「いつか…紹介できる日がくれば…」
凪はうっすらと笑みを浮べた。
そして身体中に残っている愛された痕を思い出てしまい身体が疼きそうになる。
今ここで思い出しても三塚はいないのに。
レッスンしてもらっている間はさすがに気を向ける事が出来なかったがこうしてピアノを離れれば凪の心の全部が三塚の事を思ってしまうんだ…。
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