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トロイメライ 128

 男三人ピアニストで同じ家にいるって…やっぱり変だ。
 いや、親子になるのだろうから変ではないはずなんだけど…。小さい頃から母としか暮らした事のなかった凪にとっては男性の家族なんて縁遠い感覚だ。その母とでさえも普通の家とは違っていたのだから…余計に、だ。

 それを考えるとなんで三塚の時はすんなりと凪の中に入ってきたのだろう…?初めは凪も抵抗したけれど、全然抵抗になっていなかったと思う。
 会えないと思えば会いたくなる。
 コンサートに向けて、初氏のレッスンは正直かなり助かった。自分でただだらだらと練習しているよりもずっと力が入った。そしてプロの一流のピアニストとしてのそのスキルに刺激される。

 …そこは感謝したいが…。こんな事情じゃなければレッスンなんてしてもらえるはずはなかっただろうからそこは本当に感謝だ。ただ父親という感覚はやっぱりどうしたってない。それなのに自分はなんでここにいるのだろうか…?
 創英の言うとおりに初氏は無邪気に凪の存在に喜んでいるように見える。でもそれはまるで新しいおもちゃを預けられたようにも見えてしまう。

 広い屋敷のような家に密閉された防音部屋のピアノ室までとはさすがだ。
 桐生 明羅から貰った曲はこっちで一人で練習。弾けば弾くほど分からなくなってしまう曲だ。その場で感じた事を思うままに…それで曲想が大分毎回変わってしまうのが面白いとも思えるけれど、正解がないのが本当に難しいとも思ってしまう。
 父親の存在が出来たらピエタにならないのではないか、なんて変な事まで思ってしまうけれどそれでもやはり凪には何があっても弾く事しかできないのだ。

 用意してもらった部屋はゲスト用なのか部屋に小さなシャワールームまでついていて、まるでホテルの部屋のようだ。かえって人の家にきた、という感覚にならなくてすむので助かるが…。
 創英が何かしてくるのかと身構えた部分もあったけれど今の所はまだ何もない。これだったら夜に三塚に電話をしても全然大丈夫そうだ。

 どうして創英は凪にここに来るように言ったのだろうか?別にそんな必要などないと思うのだが…。
 コンコンとノックの音がして創英の声が聞こえた。
 「飯だ」
 どきりと嫌な感じに心臓が鳴りながら凪がドアを開けると創英が立っていた。
 「…曲が仕上がっているな…」

 創英が憎悪を含んだ複雑な色を浮べた目で凪を見ていた。そんな目を向けるなら凪なんて放っておけばいいのに!
 凪も負けじと創英を睨んだ。
 するとふっと馬鹿にされたような蔑みの視線に変わる。
 「何だこれは?」

 服に手をかけられて捲られた。身体には無数のキスマークが残っている。
 凪はかっと顔を赤らめて創英の手を払い肌を隠した。
 「男にされるのが好きなのか?」
 「違う!」
 創英から距離をとる。余計な事をされないように、だ。

 三塚は何も言わなかったけれど…凪を攻めることもしなかったけれど、誰にも、もう三塚以外触れさせるつもりはない。
 「安心しろ。別にお前をどうこうするつもりなどない。男だからという問題でもなくそもそもモノが役に立たないからな」
 くっくっと創英が渇いた笑いを漏らし方を揺らした。
 「女だったら孕ませる、なんて事も出来もしないのさ」
 ぐいと凪の少し長めの前髪を引っ張り顔を突き合わせ投げ捨てるように言い放った。
 そして興味を失ったように手を離す。

 役に立たない…。
 それは病気なのだろうか…?それとも精神的に…?
 12歳の時に聞いたという凪の母と創英の母の話の衝撃がトラウマになっているのではなかろうか…?話を聞いた後に吐いて倒れたと言っていた。それ位の衝撃を受けたのだろうから…。
 …凪も創英も母親達に振り回されているのではなかろうか…?

 どこか病んだように薄暗い目だと思っていた創英はやはり病んでいるのかもしれない。出口のない病だ。
 それにしても立花を名乗りこうして初氏と一緒に住んでいるという事は母ではなく初氏を選んだという事だろう?血が繋がっている母ではなく血の繋がらない父を選んだ…?
 いや母親の事も信じられなくなったのだろうか…?

 人の事だが他人事でもない。だが、いないと思って人が現れることよりも父と思ってた人が違ったという方が衝撃は大きいとは思う。まして子供の、特に多感な時期なら余計に過敏に反応してしまうかもしれない。凪はもう26歳…。その間ずっとこの人は引きずっているのだろうか…。
 廊下で前を歩く創英の背中を見た。凪が考える事ではないが…。
 どうしても同情が浮かんでくる。 

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